私の工房にいらして、「弓の性能の理論」の説明を聞いた方ならば判ると思いますが、私はその説明を1時間~1時間半、人によっては3時間もかけて、一生懸命説明します。

 実はお客様が帰った後には、魂が抜けてしまって、休憩が必要になってしまうくらい、「一期一会」の気持ちで説明しているのです。結果的に、お客様が納得してくださり(これが嬉しいのです)弓を購入してくださった場合には、その疲れも吹き飛ぶくらいの満足感を得られるのですが、昨今、そうでない結果になることの方が多くなってしまいました。

 さて、本題です。私の工房で、「弓の性能の理論」の説明を受けたら、自分で良い弓を探せるのか?

 弓の説明をした後に迷いがある方には、私の方から、「どうぞ、一度家に帰って、冷静になって検討してみてください」と強く勧めます。そして、家に帰って時間が経つと、「自分で、もっと大きな楽器店で探した方がもっと安くて良い物が探せるのでは?」という考えが出てくるのは不思議ではありません。

 

 さて、「私の弓の性能の理論をもとにして、自分で良い弓を探せるのか?」

 

 答えは、そう簡単な話ではありません。これは決して、脅しで言っているのではないのです。その理由は、下記の点にあります。

1. 工房で受けた私の話を、本当に理解しているとは限らない。それどころか、私の工房にて弓を購入してくださった方の多くから、「お恥ずかしながら、この弓を使って、ようやく本当の説明の意味を理解できました」という感想を頂きます。
2. 家に戻ってしまうと、どうしても「自我」が出てしまいます。工房で半ば強制的に受けた私の弓の理論も、家に戻ってしまうと、あっという間に「自我」に埋もれてしまうのです。
3. 仮に、「弓竿の腰の強さが重要」と言葉で理解していても、その絶対的な基準が無い。
4. 実践(試奏)しようとしても、矯正してくれる人がいない(自分で自分を客観的に、冷静に矯正することは不可能です)。

 この4項目の全てが難しい事なのですが、特に「3」は、この私においてさえも難しい内容なのです。例えば、仕入れ業者が持ってきた弓が全て弱い場合には(もちろん、業者は良いつもりで、自信満々で見せに来ます)、その中でのまともな物が、とても性能が高い弓に感じてしまいます。

 人間の感覚なんて、あくまでも相対的なのです(比較には敏感だが、絶対的な基準には鈍感)。だから私は、高価な測定器まで導入して、「客観的な眼」を養おうと努力していますが、それでも難しです。ましてそのような訓練をしていない皆さんに、それができるとは思えません。
 もちろん、その楽器店の中で一番ましな物は選べるかもしれませんが(数が豊富にあれば、または有名製作者の弓であれば性能も確保されていると思っては大間違いですよ!)、その「一番ましな物」が良い性能の物という保障は全く無いのです。

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