ヴァイオリンの「研究対象」として、重要な事

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

 ヴァイオリンの研究をする上で、程度の低い楽器を利用していては、せっかくの研究努力も無駄になってしまうほどです。事実、これまでの研究において、数万円のヴァイオリンを利用した、「弦楽器に関して素人的な研究」もいくつも見たことがあります。もちろん、弦楽器は安い物ではないので、研究対象として高価な楽器をそうそう利用できるものではないということは承知していますが・・・。

「名器」を対象とする危険性
 さて上記のように、あまりにも程度の低い楽器での研究は、それ自体が無駄になってしまう可能性も大きいです。研究対象のヴァイオリンは、程度の高いものでなければならないのです。しかし、だからといって「名器」を研究対象にすればよいというものではないのです。
 ストラディヴァリ等の名器を研究対象とした場合には、確かに「説得力」はあります。「箔」も付くかもしれません。しかし、研究対象としての「名器」の欠点は、利害関係が含まれていることなのです。すなわち、研究対象としての客観性を持ち合わせていません。
 「名器」を研究対象として貸し出す楽器店や、または演奏者は、自分の楽器を「良い物の基準」として貸し出します。当然、音響的に絶賛されることは期待しても、否定されることなどは考えてもいないでしょう。それは当然です。数千万円から数億円の、大きな利害関係が含まれているからです。一方、名器を借りる研究者側としても、それは十分承知の上で借りているはずです。事実、これまでの私が知る範囲での「名器」を利用した音響研究、弾き比べ実験では、その名器に対しての否定的な記述は見たことがありません(当然ですが、名器にも程度、または状態の低いものもあれば、また音響的な欠点もあります)。これで、いったい冷静な科学的な見地が保たれるでしょうか?
 これと同じ意味で、演奏者の対象も、超一流の演奏者を雇えばよいというものではないのです。というのは、超一流の演奏者には、研究対象としての無理が利かないからです。例えば、「もっと、こう弾いて・・・」とか、「もっとこっち向いて弾いて」とか、「あまりがむしゃらに弾かないで」とか・・・。いくら研究とは言え、超一流の演奏者に対してこのような研究的な欲求をしつこく要求できるものではありません。
どのような楽器を対象とすべきか
 まずはその楽器に対する、利害関係を冷静に考えなくてはなりません。すなわち、自分がその楽器をどの程度「否定」できるかが重要なポイントになります。こうして考えてみると、その対象はある程度見えてきます。一番理想的な研究対象は、遠慮の必要ない研究者の関係者の所有楽器を対象とすることです。そしてその値段帯は、ヴァイオリンの場合で100万円前後の楽器で程度の良い物が理想的と言えるでしょう。この価格帯の楽器の場合、「否定」する事によって、大きな利害関係を被る人は少ないと考えられるからです。
 また、研究対象の演奏者でも、超一流のとかではなく、演奏技術はしっかりとしている「若い無名の演奏者(音大生など)」の方がより良いと考えられます。

 ヴァイオリン自体の研究も進んでいない状況で、さらに欲を出して「ストラディヴァリ」等の解明を急ぐ理由があるでしょうか?