マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:ヴァイオリンE線にはボールタイプとループタイプがありますが、何か違いはあるのですか?

A:これらの違いは「アジャスターに取り付ける構造部分」だけの違いであり、弦自体に違いはありません。しかし、それぞれに微妙な特徴もありますので、今回はその事について述べてみましょう。

ループタイプとボールタイプ
 以下は基本的にヴァイオリンのE線のみでの話しになります。というのは、ヴァイオリンのそれ以外の弦や、ヴィオラ、チェロの弦においては、裸ガット弦を除きほとんど全てが「ボールタイプ」だからです。ヴァイオリンのE線のみが、「ループ」と「ボール」の2種類が販売されています。
 下の写真は下から、「ループタイプ」、「ボールタイプ」、そして最近よく見かけるようになった「ボール取り外し可能の両用タイプ(写真はインフェルド弦)」です。もちろん、両者は値段も同じです。しかし、購入するときに指定買いするのがついつい面倒で、ループ弦を購入してしまっている人も多いのではないでしょうか。

ボールタイプの特徴
 ほとんどのE線はハイテクの金属でできているとは言え、0.2mm強の直径の弦には大きな張力(7〜9Kg)が掛かっています。そこで弦の端をボール(リング)で受け止めて、力を分散させるのです。このような仕組みにすることで弦切れは激減します。ボールタイプの弦が存在する理由は、弦が切れるのを防止するためと言い切っても良いでしょう。
 弦が切れにくいというのは大きなメリットですが、欠点もあります。それはたとえ小さなボール(リング)とは言え、ループタイプと比べると質量が重くなるということです。というよりも、それだけでなく、このボールを装着するタイプのアジャスターが、構造的にどうしても大がかりになり、非常に高度な調整においては音色的な面でデメリットになることが多いのです。

ボールタイプの弦と適合アジャスター

Fixタイプ(ボール弦を装着する代表アジャスター。重い反面、トラブルが起きにくい構造をしている)

Uniタイプ(見た目よりも重く、またその装着形状上、テールピースが傾いて装着されてしまう)

ループタイプの特徴
 ループ弦の特徴は、そのシンプルさ、すなわち軽さです。アジャスターもツメタイプ(Hillタイプ)を併用する事によって、総合的に非常に軽くなります。弦楽器の場合、無駄な部分の質量(強度に影響しない部分)を削り落とすことよって、部品が振動することによって生じるエネルギーの熱損失が減り、結果として音量のある張りのある音になることが多いのです。従って、たとえ弦やアジャスターといえども質量の増加には気をつかいます。
 もっともこれは非常に高度な調整の一環として行った場合の話しであり、基本的な調整の行われていない楽器においてE線をループタイプ+Hillアジャスターにしたからといって、音が良くなるという簡単なものではありません。
 もちろん良いことばかりではありません。欠点としては、弦が切れやすくなるということです。特にアジャスターがまだ新しいときには、ツメ部分の角がまだ鋭角で、弦が切れてしまうことも良くあるのです。この様な場合にはツメ部分の角をヤスリで丸くしたり、またはプラスティックの「弦プロテクター」をツメに被せたりします。また、軽量化を推し進めた結果、構造的にアジャスターが壊れやすいという欠点を持っています。両刃の剣です。

ループタイプの弦と適合アジャスター

Hillタイプ(ループ弦を装着する代表アジャスター。若干異なるタイプもある。軽量さが特徴)

ボール用のアジャスターにループ弦を装着した場合(Fixタイプにループ弦を付ける意味はあまりないので、できればボール弦を付けるべきでしょう)

結論
 大げさな話しではありませんが、音を追求するのでしたらHillタイプのアジャスター+ループ弦が良いと思います。しかし初心者の楽器などで、メンテナンスの簡単さ、維持費の安さなどを考えるのでしたらFixタイプのアジャスター+ボールタイプの弦を付けるべきでしょう。あまり深刻に考える必要はないと思います。
 当然の事ながら、これらの話しは基本的な調整の最後に来る話しであり、アジャスターの種類や弦のボールの有無で音色が決定されるほど単純なものではありませんので、それだけは勘違いをしないようお願いいたします。
ヴィオラのA弦の場合は
 私の知る限りでは裸ガット弦などの特殊弦は除いて、ヴィオラのA弦にループタイプの弦はほとんど存在しません(ラーセンのA弦にはループタイプもあるようです)。従って、ほとんどのヴィオラにはFixタイプのアジャスターが装着されています。しかし、私の場合にはできるだけ軽量化をするために、あえてGoetzタイプ(Hillタイプに似たアジャスター)のアジャスターにボールを取ったA弦を用いることもあります。


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