マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:消音器を付けて弾いていると、楽器は鳴らなくなるのですか?

:まずは「消音器」の事を知らない人もいると思いますので、この説明からしましょう。

「消音器」と「弱音器」との違い
 消音器(サイレンサー)と弱音器(ミュート)とは、原理的には同じものです。これらの二者の違いは、その効果の差といってもよいでしょう。普通、消音器は大きく、そして楽器の音量を大きく抑える効果を持っています。一方で弱音器は小さく、楽器の音量を抑える効果はあまりありません。どちらかというと、音量よりも音色の変化を目的として使われることが多いです。
 使用目的は、消音器は練習用として用いられ、弱音器は演奏の特殊効果として用いられます。しかし、消音器が楽器に良くないという噂を聞いて、家での練習時には弱音器を付けて、少しでも音量を抑えて弾いている人も多いでしょう。
消音器の種類
 消音器の形は下の写真の様に金属ブロック状のタイプとプラスティックタイプ、さらにゴムタイプのの物があります。そしてその質量は前者ほど大きくなります。共通しているのは、その大きさが駒の幅と同じくらい大きいということです。これは弱音器の数倍もの大きさに相当します。
 しかしよく観察すると、それぞれの消音器で駒への装着の仕組みに違いがあります。一般的に金属タイプの消音器は、駒の上にちょこんと乗る感じになります。これはプラスティックタイプも同じです。一方、ゴムタイプは駒をすっぽりと覆う形になります。

消音器を付けていると楽器は鳴らなくなるのか?
 ここからが本題です。まず最初に言えることは、「消音器を付けて弾いていると楽器が鳴らなくなる」という科学的な実験やデータは、私の知る限りでは無いということです。
 それでは多くの演奏者が信じている「・・・鳴らなくなる」という事に全く根拠がないかというと、そういうわけでもありません。というのは、消音器を付けるということは、楽器の状態に一時的にせよ何らかの変化を与えるということです(これによって音が変わるわけです)。そして楽器の状態を変化させるという行為は、消音器を外した後にも非常に微々たるものかもしれませんが何らかの影響を残す可能性があるということです。
 ここまで書くと多くの方は、「やっぱり消音器は良くないのか・・」と思うかもしれません。しかしここでもう一度冷静に考えてください。「楽器の状態の変化」が直接悪影響につながるという根拠は無いのです。その一例として、チェロのヴォルフキラーがあげられます。これは楽器に重りを付けることによって楽器の状態に変化を及ぼし、そしてヴォルフ音を改善し、結果的に楽器の音を良くする器具です。大まかな意味でいえば、消音器と原理は同じなのです(駒には装着しませんが)。この様に、消音器を付けて弾くことによって、楽器の音が逆に鳴るようになるという可能性も無いわけではないのです。もちろん悪くなる可能性もあります。
 一つだけ言い切れることは、現在最高の状態の楽器(完全無比な楽器)だけは、消音器を付けることによって、音は悪くなると言い切れることです。
消音器のメリットとデメリット
 さて、先に書いたことを冷静に受け止めた上で、消音器によるメリットとデメリットを考えてみましょう。
 消音器のメリットとは、まさに音を小さくして思う存分に練習できるということです。消音器を付けることによって悪影響が出るか出ないか分からないのでしたら(先に書いたとおりです)、思い切って消音器を付けて、周りへビクビクすること無しに練習をした方がはるかに意味があると思います。
 次はデメリットの部分を考えてみましょう。「音が鳴らなくなる?」という事に関しては先で書きましたので、ここでは消音器を付けることによる別のトラブルを書きます。
 消音器を付けて弾く上で私がもっとも危険性を感じるのは、消音器によっての破損です。特に金属製の消音器は大きくて重く、その上に駒の上部を摘むようにちょこんと乗っているだけです。従って、この消音器を楽器の上に誤って落としてしまうトラブルが多いのです。
 また金属製の消音器は駒の上にずいぶんと出っ張って装着されますので、その部分に弓や手をぶつけてしまい、駒を折ったり、倒したりしてしまうトラブルもあります。その他にも、弓と弦の接触する位置が見えないので、練習の意味で良いこととは言えないのです。
私のお薦めする消音器
 これまでの事をまとめてみましょう
・消音器=悪影響とは簡単には言えない。
・消音器を必要とするのだったら(大きな音を出せない練習環境ならば)、積極的に使うべき。
・金属製消音器は扱い方に注意が必要。
 上記の事から、私はゴム製の消音器をお勧めします。この消音器は駒をすっぽりと包み込むタイプなので、演奏上の違和感もありません。またその効果も、金属製よりもずいぶんと軽量な割には効果は大きいです。ミュートを消音器代わりに使っている方は、このタイプの消音器を使うことをお勧めします。値段が安いというのも魅力です。
 注意すべき事は、このタイプのゴム製消音器は加工が必要な場合が多いということです。櫛歯のようになっている部分が、弦に接触してしまうことがあるからです。この様な場合には、弦に触れないように加工しなければなりません。

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