マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗


:良い楽器は軽いと聞いたことがありますが、本当ですか?


:軽い楽器=良い楽器と、単純に考えることは間違っていますが、ほとんどの良質楽器は、ズッシリと重いということはありません。もちろん、軽ければ軽い程良いというものでもありませんので注意してください。

「軽さ」とは
 弦楽器を一言で説明するのなら、「振動体」と言ってもよいでしょう。正確には「振動エネルギー変換装置」です。これら振動体は、軽いほど振動の内部損失を少なくすることができます。すなわち、より大きな音を出すことができるのです。従って弦楽器は、ある程度軽い方が大きな音、張りのある高倍音、発音特性に優れるわけです。
「軽さ」と「強度」
 これらは相反するものです。弦楽器にかかる弦の張力は、我々の想像している以上に大きいものです。従って、弦楽器は軽さを求める反面で、構造的な強度も必要とします。すなわち、軽さだけを求めた強度的に弱い楽器は、近い将来には楽器が傷んでしまい、その音も劣化してしまうことは明らかです。
 具体的な例としては、響板が薄すぎるために、板が割れてしまうことがよくあります。また、表板の駒が乗っている部分が窪んでしまったり、または魂柱の立っている部分が変形してしまったりします。響板の「割れ」よりも、後者の「変形」の方が楽器の健康状態としては深刻です。そのように変形してしまった楽器を修正することは非常に困難だからです。
良質な新作楽器
 良質な新作楽器の場合、響板は必要最低限の厚み(各製作者によって若干違います)に丁寧に削られます。また、指板の裏側、テールピースの裏側、アゴ当ての裏側などの見えない部分も、強度が落ちない範囲で丁寧に必要最低限の厚みになるまで削られるのです。
 このようにして作られた楽器は、決してズッシリと重くはありません。そして強度的にも、十分な強さを持っているのです。
中級以下の量産楽器
 中級以下の量産楽器の場合、その製作工程は機械で荒削りを行い、その後に職人の手によって加工されます。この時に、安い楽器になればなるほど、加工作業に時間を費やすことができないのです。
 製作作業は、荒削りから最終仕上げに至るまでの何段階もの行程があります。そして初期行程ほど、作業は捗ります。例えば荒削り行程の場合には、5mmの厚みを削るのに5分もあれば削れるのですが、最終仕上げ行程では、数十ミクロンの厚みを調整するのに半日はかかってしまいます。このように作業工程と作業の捗り具合には、上記のような関係があるのです。
 さて話を中級以下の量産楽器製作に戻します。先でも書きましたように、中級以下の楽器では一つの楽器に時間をかけた製作はできません。従って、どうしても「ギリギリまでの削り作業」はできないのです(板を薄く削りすぎると、楽器は壊れやすくなるので欠陥商品になってしまいます)。すなわちある程度まで削った時点で、良しとしてしまいます。このような意味から、どうしても中級以下の量産楽器は板が厚く、そして重い楽器となってしまいます。
 余談になりますが、初級楽器(特に分数楽器)の響板が厚めに(重く)作られている理由は、このような理由の他にもう一つ「壊れにくくするため」という理由もあるのです。初級楽器を使用する対象者は、どうしても楽器の扱い方も悪いので、楽器をわざと厚めに作って壊れにくくしているわけです。
古い楽器の軽さ
 古い楽器には軽いものが多いです。そしてその音も、発音特性の良い、古い楽器ならではのものとなります。
 しかし古い楽器の「軽さ」の場合、別の要因も含まれていますので注意が必要です。それは古くなることによって、木材の重さ自体が軽くなるという要因と、もう一つは長年の修理によって板自体が薄くなっているという要因です。深刻なのは後者です。酷い物になると、響板が歪んでいたり、または薄すぎることによって音に張りがなくなってしまった楽器も多いものです。
 このように、古い楽器の場合には軽いものがほとんどなのですが、その軽さを単純に性能の良さと勘違いすべきではありません。

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