マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:弓の毛のメンテナンス方法を教えてください。

:弓の毛に関するメンテナンスとしては「毛替え」と「普段の取り扱い」の2つに分けられます。「毛替え」の詳細については、また別の箇所で書くことにして、ここでは「普段の毛の取り扱い」について述べます。

演奏中には毛には触らない
 よく、弓の毛の根元が真っ黒になっている人がいます。これは毛替えの周期が長すぎるという理由による事がほとんどです。しかし毛を触る癖のある演奏者の場合には、たとえ毛替えをしたばかりでも黒くなってしまいます。手には想像以上の油分、汚れが付いていますから、これで弓の毛に触れることは良くないのです。
演奏後の松ヤニのふき取り
 松ヤニをふき取るときには、毛を緩める前に、竿の部分だけをふき取ります。時々、毛まで拭き取っている人を見かけますが、毛は触らない方がよいです。というのは、毛を拭く事によって、それぞれの毛のバランスが乱れてしまいますし、また、逆に、毛にゴミが付着してしまいます。毛に付いた松ヤニは、布で拭き取ったくらいで簡単に取れるものではありません。
 松ヤニを拭き取る布は、最低でも月に一度は洗濯をして綺麗にしておくべきです。そしてそれとは別の布によって、フロッシュ(毛箱)の汗を拭き取ることも重要です
演奏後の弓の毛の緩め方
 多くの方は、弓の毛がブラブラになるまで緩めすぎています。しかしこうすると、弓の出し入れの時に、ケースの縁に毛を引っかけてしまったり、または弓の先端の毛を止めているクサビが抜けてしまいます(正しい毛替え作業では、クサビは接着しません。ですから毛が緩みすぎていると、抜けてしまうこともあるのです)。
 演奏後に毛を緩めるときには、毛が「板状」からほぐれる直前で緩めるのを止めるのがよいです。こうすると弓の竿がほんのわずか張った状態になるかもしれませんが、そのくらいで弓の竿の反りが戻ってしまうことはありませんので心配はいりません。
 普段からこのような毛の緩め方をするだけで、各毛のバランスは崩れずに、長い間良い状態を保つことができます。
毛が切れたら
 毛が切れたときに、その毛を引き抜いている光景をよく目にします。しかしこうすると、毛を縛っている糸が緩くなってしまい、他の毛も次々に抜けてしまいます(書道などの筆と同じです)。従って、もしも毛が切れた場合には、毛を慎重に根元までほぐしてから、根元で切るようにしてください。この時にもしもナイフなどを使う場合には、他の毛に絶対に接触させないように注意が必要です。ほんの少し触れただけでも毛には傷が付き、切れやすくなってしまいます。
松ヤニの量
 弓の摩擦(弦への吸い付き)が良くないといって、松ヤニを大量につけている人がいます(そのような場合、楽器は真っ白になっています)。しかしこうすることは、逆効果になることが多いのです。というのは、松ヤニは弓の毛に付着して初めて効果を現すのですが、松ヤニを大量につけることによって、松ヤニが弓の毛にも弦にも付着しない、丁度どっちつかずの状態となるのです。こうすると毛と弦との摩擦係数が落ちてしまうのです。
 松ヤニの量は、演奏者の好みで一概にどのくらいの量が適量とは言い切れませんが、もしも楽器に白い粉状の松ヤニが降りかかる方は、少な目に塗ってみてはいかがでしょうか。
毛替え時
 ほとんどの方は、毛替え時を感じるのは、毛の量が少なくなったときと、弓と弦との摩擦抵抗が小さくなったと感じたときです。もちろんこれは正しいです。しかし、意外と見過ごされているのが「毛の長さ」なのです。
 弓の毛は使っている内に、どうしても長くなるものです。その理由は、毛自体が若干伸びるという理由の他に、クサビと毛と間の「遊び」が詰まることによって起きます。もちろん良質な毛替え作業ほど、このような伸びは起きにくいものですが、それでも必ず伸びます。また湿度の変化によっても、毛は大きく伸びます。
 毛替えを頻繁にする演奏者は別として、大体の方の毛替え弓は、毛替えをしたばかりの状態から比べると5mm〜10mmも毛が伸びた状態になっています。本人は意識していないことが多いのですが、これはそれだけ弓の後部を持って演奏しているのと同じ事です。すなわち弓が重くなって、弾きにくくなってしまうのです。ですから、弓の毛が長くなり過ぎたときも、毛替え時なのです。
 季節は梅雨時期前後の「多湿期」と、冬季の「乾燥期」に分けることができます。これらによって毛の収縮し具合は大きく異なりますから、私は半年に一度の毛替えをお勧めしています。

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