マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:量産楽器と手工芸楽器との違いは何ですか?

:ほとんどの方は、「量産楽器=質の低い楽器」、「手工芸楽器=高級品」と思っていることでしょう。これは決して間違いではないのですが、一歩間違うと楽器の本質を見失ってしまいます。そして、結果として、良い楽器を選ぶ目さえも失ってしまうのです。

「良い楽器」とは
 全ての楽器ユーザーが求めているものは、「良い楽器」です。しかし、この「良い楽器」の概念が、様々な要因からねじ曲げられているのが現状なのです。そしてこの「良い楽器」の概念を理解しないでは、量産楽器と手工芸楽器との真の意味での違いは理解できないでしょう。従いまして、まず最初に「良い楽器」とは何かを書いてみましょう。

 話は大げさなものではありません。一言で言いますと「良い楽器」とは、「楽器の性能」と「コストパフォーマンス」によって決まるのです。すなわち、どんなに性能の良い楽器でも、常識はずれの価格で購入した場合には、それは決して「良い楽器」とは呼べません。逆に、性能的には高いものではなくても、その性能に似合った価格であれば、それは立派な「良い楽器」です。
それぞれの「良い楽器」は、それぞれの目的を持っている
 さて、「良い楽器」というものが、決して値段の高い品だけではないということを理解していただけたと思います。そしてそれらの「良い楽器」は、それぞれ目的も違います。

 例えば子供用の分数楽器(1/2、1/3等)を考えてみましょう、このクラスの楽器において求められるのは「音色の良さ」ではないのです。それは値段の安さであったり、または壊れにくい作り(響板が厚めにできている)であったりが優先されます。例えば仮にストラディヴァリウスの1/2楽器があったとします。音色は素晴らしいのですが、響板が薄目のために、よほど丁寧な扱い方をしなければ壊れてしまいます。また購入価格も1億円位するとします。修理代金も、一回につき何十万円もすることでしょう。これではたして真の目的を果たせるでしょうか?おそらくガラスケースにしまって置くことになると思います。 このように「良い楽器」の目的は、一つではないのです。
量産楽器と手工芸楽器との違い
 ここまでの話によって、量産楽器だからといって決して程度の低い楽器ではないということを理解していただけたと思います。量産楽器にも良い楽器もあれば、または良くない楽器もあります。また、手工芸楽器にも良い楽器もあれば良くない楽器もあるのです。

 さて話が遠回りになってしまいましたが、量産楽器と手工芸楽器との決定的な違いは、「製作時の視野」なのです。量産楽器の場合は、あくまでも「生産ライン(車工場のようにベルトコンベアにて流れているわけではありません)」としての質を考えます。一方で手工芸楽器は、「個体の質」を考えます。
 例えば手工芸楽器の場合には、最初に木材を選ぶ時点から、その楽器の完成した時の音色を目指しながら製作を進めます。または、注文主の好みの音を目指したりもします。一方で、量産楽器の場合にはどうしても「ラインとしての質の向上」を追求すます。なぜならば、量産楽器の場合には、多くの職人の手によって製作されるので、一人の職人が全行程の製作・調整をすることは原理的に不可能だからです。

 ここで一つ注意すべき事があります。手工芸楽器が「個体としての質の追求」、量産楽器が「ラインとしての質の追求」と書きましたが、これらのどちらの技術が上ということは、また別な問題なのです。量産楽器の質が低いとは決して言えないのです。正直言いまして、手工芸楽器の中質以下の製作質の楽器は、上質の量産楽器の製作質よりも落ちると私は確信しています。

量産楽器の長所
・例外を除いて、製作の質が的を射ている。見当外れな楽器はほとんど見かけない。
・上記の理由から、購入後に大きな修正修理をする必要はない場合がほとんど。
・コストパフォーマンスが抜群によい。
・分数楽器を含め、選択肢が多い。
量産楽器の短所
・その製造課程の仕組みから、各個体に対して煮詰めた製作ができない。
・上記の理由から、「最高の質の楽器は作れない」。
・生産効率を優先した作りが、幾つかの部分に見かけやすい。
手工楽器の長所
・技術のある製作者が作った楽器は、本当に素晴らしい質。
・上記の理由から、「音」、「弾き易さ」なども良い。
手工芸楽器の欠点
・下手な製作者(見習い学生、アマチュアが作った楽器も多い)が作った物は、目も当てられないことが多い。
・上記の理由から、購入後に大きな修正修理(指板やネックの交換など)を施すことも多い。
・良い質の楽器は当然として、粗悪品の楽器まで値段が高い。


最後に
 量産楽器と手工芸楽器に上下はありません。従って、量産楽器を見下している人には、決して手工芸楽器の本質は見えてきません。そして楽器の本質を理解していないと、楽器の購入時にも、どうしても見当外れな楽器を選んでしまいやすいのです。
 逆に、本当に「楽器の本質」が分かっている人は、決して安い楽器(量産楽器)は見下したりはしないものです。

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