マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:見ただけで、楽器の鑑定は本当にできるものなのでしょうか?

:弦楽器に限らず、最近は「鑑定」ブームです。品物の外見を一周り見回しただけで、おもむろに「これはどこどこの製品で・・・・とか、値段は・・・・、価値は・・・・」など、見ている側にとってはまるで魔法の目と感じる事でしょう。弦楽器についてもまったく同じで、楽器店で自分の楽器を鑑定(おおげさな意味ではなく)してもらった事がある人も多いのではないでしょうか。また、少し凝ったアマチュアの人の中にも、楽器についての鑑定・批評をしたがる人が少なくはありません。
 このような「鑑定」にどの程度の信頼性があるのか、肯定的な意味でにせよ、また懐疑的な意味でにせよ、皆さん興味がある事でしょう。

鑑定するときに何を見ているのか
 楽器を見るポイントは「全ての箇所」と言っても過言ではありません。例えば任意箇所のたった1センチメートル四方の面積を見ただけでも、製作の技術、製作のタイプ、木材の質、これまでに行われてきた修理の程度、演奏者の取り扱いのレベル、楽器に付いている傷が本物かイミテーションか・・・・等、様々な情報を得る事ができます。
 具体的には、使用する道具によって加工面に違いが生じたり、または作業工程の順序によっても差が出てきます。製作理論による違いも各所に現れます。そしてそれらは製作者の癖になっているので、意識してその癖を隠そうとしない限り(それでも出ます)、楽器にはその特徴が現れるのです。また、楽器に付いている傷も、本物なのか偽物なのかは、その形や深さ、傷に入り込んでいる汚れの色、ニスのどの層で傷が入っているか・・・・等で判断できます。このように専門家はそれらの情報を総合して、楽器を判断しているのです。
 もちろん、楽器の製作者、製作年などを判断する上で一番重要になるのがラベルである事は間違いありません。しかし、楽器に貼られているラベルを単に読んでいるのではありません。楽器の製作の質がそのラベルの意味する製作者と合っているのか、楽器の本当の古さがそのラベルの意味する年代と合っているのか。また、ラベルの書式が、本当のラベルの書式と合っているのか、ラベルが偽造されたものか、貼りかえられた形跡などがあるか・・・・。このように考慮すべき内容は数多くあるのです。

 さてこのように、楽器を見るポイントは無数と言ってもよいほどあり、専門家はそれらをもとに推測しています。しかし、注意すべきことは、ただそれだけのものを「鑑定」と誤解してはいけないという事です。
 それでは本当の「鑑定」とはいったいどのようなものを言うのでしょうか?それは確固たる証拠があるものなのです。これがあって初めて「鑑定」です。すなわち、この世に氾濫している「鑑定」のほとんどは鑑定と呼べる代物ではありません。そこで、そのレベルをいく段階かに分けてみましょう。

本当の意味での「鑑定」
 先程も述べましたように、本当の「鑑定」には証拠が必要です。その証拠とはいったい何かと言えば、長年その楽器店が蓄積してきたデータです。例えば世界的な楽器店になると、長年に渡ってたくさんの楽器(名器)を取り扱い、そのデータを蓄積しています。それは写真であったり、修理データであったり、顧客リストであったりします。このようなデータと実際に照らしあわせる事で、本当の「鑑定」は初めて可能になるのです。
 従って、長年に渡ってこのような膨大なデータを蓄積している楽器店は世界にいくつもあるわけではありません。すなわち「鑑定」などというものがそう簡単にできるものではないのです。
 余談になりますが、以前、世界的な楽器店であるヒル商会が店を閉めるときに、その蓄積データも競売に掛けられましたが、やはり随分と値段は高かったらしいです。
高い技術と知識をもった「鑑定(?)」
 本当の意味での鑑定が証拠を条件とするのに対して、このレベルの鑑定(?)は確実な知識を前提としたものです。例えば、上記のような楽器店で長年働いて高い技術と知識を得た人が独立した場合などがこれに当てはまります。その楽器を判断する目は確かです。しかし確固たる証拠が無い場合には、このくらいの高いレベルでも本当の「鑑定」はできないのです。
 このくらいの高いレベルの人も、世界にそう多くはいません。
知識としての「鑑定もどき」
 これは上記のような世界的な楽器店で長年働いていたわけではなく、一般的な楽器店での経験をもとにしたものです。もちろん「一般的な」とは言え、名器なども取り扱う事もあるでしょう。また書籍、教育などから知識を得る事もできます。
 このレベルは「一般的な専門家の鑑定(?)レベル」と考えてください。私もこのレベルに属します。もちろん技術的、経験的、知識な裏付けがあるので、インチキという事ではないのですが、決して「鑑定」と呼べるものではありません。しかし本当に技術のある専門家は自分の技術(鑑定の知識)の範囲を知っていますので、はったりをかませるような事はしないでしょう。
技術の無い、専門家きどりによる鑑定
 このレベルが一番たちが悪いのです。技術が元々無い分だけ悪意もありません。また、自分が知った気になっていますから話も大きいのです。このレベルの人が一番救いようがなく、また実害も与えてしまいます。
アマチュアレベルによる鑑定(ごっこ)
 このレベルの話を横で聞いていると笑ってしまいます。本人は自分を随分の知識人だと思っているようですが、実技が伴っていないので、話がとんでもない方向を飛びまわってしまっています。

 このように「鑑定」には様々なレベルがある事が分かっていただけた事でしょう。そして本当の意味での「鑑定」とはその中でのほんのわずかな部分でしかありません。従って、普通の人にとって「鑑定」などとは縁遠いものと思っても間違いはないのです。
 「鑑定」などに意識がいっているようでは、本当に良い楽器を選ぶ事はできません。楽器そのものを素直な気持ちで見つめる事こそが大切なのです。そしてそれが一番確実な楽器の見分け方です。楽器は財産として購入するわけではないからです。


 最後に「鑑定書」について少し書きます。このような具体的な話になると、話がドロドロとしてきますので、ここでは軽く書くだけにします。
 鑑定書にも様々なレベルがある事だけは確かです。最も程度の低いのは鑑定書自体の偽造と記載内容の明らかな偽りです。また、鑑定書を書ける身分でも無い楽器店が書いた鑑定書も意味がありません。また「〜と思われる」と正直に書いているのを、勝手に断言した鑑定書と偽って売る事もあります。鑑定書の内容まで熟読して楽器を購入する人はそうはいないからです。
 何度も言うように、本当の鑑定書を書ける楽器店は多くはありません。そしてそのような楽器店は自分の書いた鑑定書にプライドを持っています。従って、もしも鑑定書の真偽に疑問があるのでしたら、その鑑定書を鑑定元にFAXして確認するくらいの事を行うべきでしょう。売買している楽器店も、卑しい事をしていなければ自信を持ってそれに応じるはずでしょう。
 
 しかし、楽器の本質が鑑定書やラベルの中には無いという事だけは、しつこいですが、何度でも繰り返して述べておきます。この一言が言いたいために、今回のテーマを取り上げたのです。

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