マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:チェロのエンドピン交換は簡単に行うことができますか?

A:チェロのエンドピン交換には大きく分けて2種類があります。1つはエンド棒だけを交換する方法と、もう1つはエンドピンの全てを交換する方法です。当然、前者の方法が簡単で、場合によっては自分自身で交換することが可能な場合もありますが、話はそう単純なものではありませんので、交換作業はできるだけ専門の技術者にしてもらうことをお勧めします。楽器が傷んでしまっては元も子もないからです。

エンド棒だけを交換する場合
 チェロのエンド棒の直径は、10mm径と8mm径の2種類が多いです(剛性の強いスチールは細めの8mm、剛性の弱いアルミ、カーボン、チタンは10mmの事が多いです。しかし、中には8mm径のチタンやカーボンのエンド棒もあります)。従って同じ径のエンド棒の場合、ご自身で交換することは可能です。しかし、実際には各製品によってエンド棒の直径は微妙に異なっています。同じ8mm径のエンドピン棒であっても、その直径の微妙な差によって、エンドピン棒を交換装着した後にガタつきがでて、それが雑音を発してしまう可能性もあるのです。また、そのような場合には演奏中にエンド棒がずれやすくなってしまうトラブルが起きる可能性も大きくなります。
 また、エンドピン棒には様々な材質があります。スチールやチタンのように硬い材質もあれば、黒檀やアルミ、カーボンファイバーのような材質もあります。例えば、チタンやスチール製のエンドピンの場合には、その材質が硬いので、その棒を単純にネジで押さえて留める構造の製品が多いです。

 一方、カーボンファイバーや、アルミ、黒檀製のエンドピン棒の場合には、上記の固定方法では棒に凹みが生じてしまうのです。すなわち、エンドピン棒が傷だらけになってしまったり、凸凹になって壊れてしまいます。
 このような柔らかめの材質の棒の場合には、押しつけて固定する方法ではなく、右図のようにネジの先端が直接エンド棒に当たらない工夫がしてあったり、またはネジで締め付けるのではなく、その逆に、エンド棒を引っ張って締め付けて固定する仕組みのエンドピンが多いのです。但し、低〜中価格帯のエンドピンの場合には、柔らかな材質のアルミ合金棒のエンドピンであっても、コストの面で構造が単純な上図のような締めネジであることが多いです。
 話は戻りますが、エンド棒の材質とエンドピンのネジのシステムを考慮しないで、単純にエンド棒だけを交換してしまうと、せっかくのエンド棒が傷んでしまう可能性も出てきます。このようなってしまうと、せっかく交換したエンドピンも、エンド棒がしっかりと固定できずに、楽器がずり落ちてしまう調子の悪いものとなってしまうのです。



エンドピンの全てを交換する場合
 「エンドピンの交換」といえば、普通はこのことを指します。古いエンドピンを全て取り去り、新しい製品と交換する作業です。この作業は専門家以外の交換作業は不可能でしょう。しかし、その専門の楽器店(工房)においてさえ、技術力の差は明らかに出るのです。
 普通、製品としてのエンドピンの楽器への差込部分は太めにできています。正しい交換作業では、楽器本体のエンドピン差込穴に合わせて、このエンドピンの方を旋盤なり、手作業なりで加工細くして)するのです。すなわち、楽器本体を可能な限り傷めません。

 ところが、下手な技術の交換作業では、本体の穴の方をエンドピンの太さに合わせてしまいます。なぜならば、この方が作業がはるかに楽で速いからです。しかも、そのような程度の低いエンドピンの交換作業であったとしても、交換後の見た目、使用感、音色は全く問題ないので、一般の方にはその技術力の違いは分からないのです。
 この交換作業の技術力の違いが現れるのは、その次のエンドピン交換の時なのです。すなわち、次のエンドピンを交換しようとしても、本体の穴の方が大きくなりすぎていて、本体穴を一旦埋め直さなければならないのです。これはすなわち、僅かではありますが楽器本体が傷んでしまう事を意味します。エンドピン穴を埋め直す作業が楽器にとって致命的になるというわけではありませんが、楽器本体にメスを入れないに越したことはないからです。
エンドピンの挿入角度
 エンドピンの交換作業には上記の「穴の径」の問題以外にも、もう一つ重要な要素があります。それはエンドピンの挿入角度の調整です。これは演奏者にとっても直接的な影響があることです。

間違ったエンドピンの装着角度

 エンドピンにはテールピースが固定されています。そして弦の強い力によって、テールピースは引っ張られ、それはすなわちエンドピンを上図の矢印の向きに引っ張るのです。このような力が掛かり続けることで、長年の間にエンドピンと本体穴の向きは上向きになりがちなのです。このようになってしまうと、エンドピンが穴から抜けやすくなってしまいます。さらに、一旦緩んでしまうと、本体穴が変形してしまい、さらにエンドピンは上向きに上がってしまいます。悪循環です。
 従って、エンドピンを交換する時には、あまりにもエンドピンの穴の向き(エンド棒の向き)が上を向いている場合には、これを修正して右上図のような正しい角度(若干下向きです)にエンドピンを装着するのです。これはとても重要な事です。
 なお、この事柄はチェロだけの話ではなく、ヴァイオリン〜コントラバスに至るまでの共通した話です。

正しいエンドピンの装着角度

 但し、全てのエンドピン交換作業において、必ずしもエンドピンの角度を理想的な状態に修正するというわけではありません。というのは、角度の修正をするためには、本体の穴を修正しなければなりません。これはすなわち、必然的に穴を大きく加工してしまうことになってしまうのです。
 従って、エンドピンの角度があまり悪くない場合(理想的な向きではないが、上向きにもなっていないような状態)には、「現状維持」のまま交換作業を行うことも多いです。
 時々、交換作業をした後で、「エンドピンが曲がって付いている」という苦情を受けることがありますが、上記のような方向に曲がっている場合には、正しいので心配ありません。
 このように、エンドピンの交換はとても複雑な要因を含んでいますので、是非専門の技術者と話し合い、「どのような交換作業を行うのか」を決定し、また、納得すべきと思います。もちろん、各エンドピン製品による音色への影響を理論的に考慮すべき事は、これ以前に話し合うことですが。

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