マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:調弦用にどのようなチューナーがお勧めですか?〜音叉の勧め

A:最近の若い世代のアマチュア演奏者のケースの中には、かなりの確率で電子チューナーが入っています。私が想像している以上に普及しているのでしょう。これに伴い、多くのメーカーから電子式チューナーがお手頃な価格帯で発売されています。さてその様な中、どのようなチューナーを買ったらよいのか迷っている方も多いのではないでしょうか。
 ちなみに電子チューナーをご存じない方のために簡単に説明すると、これまでに一般的に調弦に用いられてきた音叉や調子笛が基準音を発して、それを基に調弦するのに対して、電子チューナーの場合には楽器から出た音を内蔵マイクで拾います。そしてそれが正しいピッチになると、メーターが中央に停止したり、または点滅したりするのです。もちろん電子チューナーにも基準音を出す機能も付いていますが、それは電子チューナー本来の使い方ではないです。

電子式チューナーを使うべきではない
 いきなりですが、私はヴァイオリン族の楽器の調弦において電子チューナーを使うことをお勧めしません。それは「ヴァイオリン族の構造と音程を出す仕組み」と関係しているのです。ご存じのようにヴァイオリン族にはフレットが無く、「正しい音程」、「きれいな音」を出すためには、楽器から出る音の倍音を意識する能力、すなわち聴き分ける能力を身につけることが最も重要になります。その能力が必要不可欠と言い切ってもよいと考えます。そして、その能力を養うための第一のレッスンこそが「調弦」なのです。電子チューナーを使うと、最も重要なこの基礎練習が行えないのです。
電子チューナーを使うことの欠点
 電子チューナーにも様々なタイプがありますが、そのほとんどはメーターで開放弦の音を合わせるタイプです。この「メーター」には針式と複数のランプ点滅式とがありますが、原理はどちらも同じです。例えばAの開放弦の音が目的のピッチに合うと、メーター針が中央に振れたり、またはランプが点滅します。
 さてこのように便利なチューナーをなぜ使ってはいけないのかというと、これを使っていては、音を「耳」で合わせているのではなく、「目」で合わせてしまっているからなのです。これではヴァイオリン族の楽器から出る複雑かつ豊かな倍音を感じる能力がいつまで経っても身に付きません。
 電子チューナーを使って調弦すると言うことは、例えば先生に「ハ〜イ、もう少し音程を上げて。ハ〜イ、そこでストップ!」と指示されながら毎日調弦しているようなものです。自分の判断ではないのです。

 上手な人は調弦が上手です。その逆に、調弦を正しくできない人は、いつも音程のピントがずれています。キャリア数十年のベテラン・アマチュア奏者でもそうなのです。そして音程が外れると、ヴァイオリン族では良い発音が得られません。そうすると奏法自体もピントがずれたまま「中途半端な上達」をしてしまいがちなのです。
何で基準音をとったらよいのか
 「音叉」です。最近の若い世代はハイテク電子機器製品が高性能と勘違いしている人が多いのですが、一般に売られている電子チューナーは測定器としてはお粗末な部類です。本格的なチューニングを行おうとすると、価格が2桁は違ってくることでしょう。その点、音叉は値段の割にものすごく高性能です。もちろんきちんとした品質の音叉であるという事が条件ですが、それでも数百円〜数千円で購入することができます。そして、その上にコンパクトです。こんな素晴らしい物を活用しない手はありません。
音叉の種類
 シンプルな構造の音叉の中にもさまざまな種類がものがあります。日本では音叉はあまり見かけませんが、ドイツなどでは医療用も含め、数多くの音叉、そして数多くの音叉製造会社が存在します。ここでそれら全てを紹介することは不可能ですが、簡単に分類してみましょう。
共鳴箱付きタイプ
 これは楽器店や理科教室などでよく見かけるタイプです。共鳴箱が付いているので音叉の音が大きく聞こえ、またその持続時間も長いです。そして何より一番の特徴は、音叉を持たなくても使うことができるということです。音叉の音を「ポーン」と発した後に、楽器を実際に弾きながら調弦作業が行えるのです。
 このタイプは音叉としては理想的なのですが、持ち運びができないので、今回述べている用途としては現実的ではありません。

写真 ドイツArno Barthelmes & Co.GmbH社の音叉


ヨーロッパ型とアメリカ型
 これは音叉会社の人から聞いた話しですが、音叉の構造からヨーロッパ型とアメリカ型があるということです。ヨーロッパ型は肉厚で金属の塊を切り出したような形をしていて(写真上)、一方アメリカ型は金属棒をU字に曲げたような構造(写真下)をしています。
角形と丸形
 下写真は両方ともアメリカ型の音叉ですが、棒の形が角形のものと丸形のものがあります。一般的に角形の方が持続時間などの性能が高いといわれていますが、実用的にはほとんど差がないと言ってもよいでしょう。
音叉の柄の形
 これにもさまざまなタイプがあります。上写真のように「ボール状」のもの、「円柱状」もの、「裾広がり状」、「尖った」ものなど様々なタイプがあります。
ピッチ(周波数)の種類
 楽器用に使う音叉では440Hzと442Hzが有名ですが、それ以外の微妙なピッチの音叉(例えば441Hzとか)や、または全く違う音程の音叉まで様々な音叉があります。それどころか医療用のハイピッチの音叉やマッサージ用の音叉などもあります。
写真 ドイツArno Barthelmes & Co.GmbH社の音叉


 この他にも大きさや材質、さらに品質などの様々な分類がありますが、あまり難しく考える必要はありません。私がお勧めするのは、アメリカ式(ボール柄)の比較的安いクラスの音叉です。数百円から2千円くらいで売っている物です。もちろん、目的のピッチの音叉を購入してください。オーケストラの場合には442Hzで演奏している団体が多いですし、またヴァイオリン先生宅のピアノが440Hzピッチの場合には、それに合ったピッチの音叉を購入すべきです。音叉の専門店(音叉製造会社)では、それ以外の微妙なピッチの音叉も売っています。



音叉の使い方 〜叩き方
 音叉の使い方で最も重要なのは、音叉をいかに正しく発音させるかです。時々机の角などでカツンと叩いている人を見かけますが、これは絶対に行ってはいけません。このように叩くと音叉が壊れてしまうというだけでなく、「キーン」とした雑音成分までもが発生してしまうからなのです。音叉は「精密機器」なのだという自覚を持つべきです。
 音叉の正しい発音の仕方は適度の固さの物(固すぎても柔らかすぎてもいけません)で叩くことです。良く行う方法は、下写真のように膝の骨の部分に音叉をコンとぶつけて発音させるやり方です。このような正しい発音をさせることで「ポーン」という純音を得ることができるのです。


注: 上写真では撮影のタイミング上、音叉の先端を叩いていますがこれは間違いです。
   音叉は先端ではなく、中央〜若干根本寄りをコツンと叩くのが良い発音につながります。


正しい音叉の叩き方をした音。ほぼ「純音」が出ている。
たった数百円の音叉でここまで純粋な音が出るというのは驚異的で、その周波数誤差も0.09%だった。


机の角で叩いた音叉の音。「キーン」とした雑音成分が出ているので、せっかくきれいに出ている基音が聴き取りにくくなってしまう。



ある電子チューナーの「A」電子音。
多くの倍音成分が出ているので基音が聴き取りにくいというだけでなく、その倍音成分が乱れた倍音になっている。
その乱れた倍音成分によって、音程感の無い音となってしまっている。これでは調弦用の基準音としては失格。



音叉の使い方 〜音の聴き方
 音叉を使った調弦で難しいのはこの方法です。というのは、ヴァイオリン族の調弦では、片手では弓を、そしてもう片手では糸巻きを操作しなければなりません。そのために音叉が持てないのです。このために音叉を使った調弦を敬遠している方も多いと思います。
 最初の内は誰か他の人に音叉を持ってもらい、下写真のように楽器の響板や駒に当ててもらうのがよいと思います(響板に当てるときには傷を付けないよう注意してください)。こうして音叉から出る基準音を実際に聞きながら調弦を行います。


 
 一人で音叉を使って調弦を行うときには、下写真のように音叉の柄の部分を耳の穴に入れてしまう方法をお勧めします(音叉は柄がボールになっている物が使いやすいです)。こうすると音叉の音が大きく聞こえるだけでなく、雑音の無いきれいな音叉の純音が頭の中に広がります。そのときそのピッチを小さな声で(または声を出さずに頭の中だけで)「ポーン」と口ずさんでください。こうすることで音叉の音を記憶することができるのです。
 次は音叉を置いて(「ポーン」という音を口ずさんだまま)、今の記憶を基にして調弦を行うだけです。最初は難しく思えるかもしれませんが、慣れてくると大したことではありません。そしてそれが慣れた頃には、音に対する重要な感覚が養われているはずなのです。

最後に
 何も電子チューナーがヴァイオリン族の練習における悪の枢軸とは言いません。しかし、仮に電子チューナーと言うことを抜きにしても、「正しいチューニング技術が良い演奏に直結している」という事だけは言い切ることができます。そのためには「耳で聴く」練習をすることが大切だということはわかっていただけると思います。

 最後になりますが、「お勧めの音叉はどれか?」と訊かれたら、Wittner社製などの数百円の音叉(柄がボールタイプ)が一番使いやすいと答えます。しかし、より本格的な音叉に興味がある場合には、ドイツの本格的な音叉や、また国産ではニチオンが本格的な音叉を作っていますから、そのような会社の製品を購入されることをお勧めします。

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