マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:糸巻きやテールピースには、色々な材質のものがありますが、これらの差は?

:糸巻き、テールピース、アゴ当てなどの部品の材質にはいくつかの種類があります。そしてそれらの違いとは、極論すれば「デザイン、好みの問題」と言ってもよいかもしれません。しかし高度なレベルのセッティングにおいては、それぞれの材質によって特徴が出るのです。
 以下に部品の各材質と、それぞれの長、短所を書いてみましょう。

良質黒檀
 これは部品材質の基本です。良質黒檀は非常に堅く、また均質です。ですから精密な加工がしやすいので、美しい部品が作れ、また、それによって作られた部品は非常に寿命が長いのです。部品箇所によっては、100年以上問題なく使用できます。
 また、この「良質黒檀」は、真っ黒の色をしているために、どのような楽器とも視覚的に合いやすいのです。また品質の割に、値段が極端に高くないというのも大きなメリットでしょう。ですから、部品材質の理想型=良質黒檀と言っても過言ではありません。

紫檀(ローズウッド、パリサンダー)
 これは、一見黒檀のようですが、茶色の筋模様をしているのが特徴です。この木材の最大の特徴は、その木材の視覚的要素です。事実、良質の紫檀は黒檀にはない美しさを持っています。ヨーロッパの家具などにも、「銘木」として珍重されています。
 欠点としては、この材質の性能の中途半端なところでしょうか。純粋に材質を考えた場合、この「紫檀」は最高品質以外は、良質黒檀のように均一、高密度でないのです。ですから糸巻きなどは、綺麗に削れないで、ささくれ立ってしまうことも多いのです。
 このような特徴を持つ紫檀製の部品を購入する場合には、とにかく材質の良いもの(値段は高いです)を求めないと、何だか安っぽい雰囲気になってしまうのです。

ツゲ
 この材質の部品は、黒檀製の部品に次いでよく見かけます。特に、「名器」に着いていることが多いので、この部品に興味を持つ人も多いことでしょう。
 ツゲは黒檀や紫檀に比べると、とても柔らかく、軽いのが特徴です。ですから部品の寿命は長くありません。例えば糸巻きの場合には、長く使っていると、擦り合っている箇所がすり減ってしまったりして、糸巻きの調子が悪くなりやすいです。またアゴ当ての場合には、汗などがしみ込んで、黒く変色したりします。

 しかし特徴もあります。それはその軽さです。古い楽器は、長年の乾燥や、また修理によって板が薄くなることによって、楽器の重量は軽くなります。このような楽器に重い部品を付けると、明るい(高い)倍音成分が殺されてしまうのです。ですからバランスが悪くなることもあり得るのです(各楽器によって、特徴は様々です)。ですからそのような楽器には、ツゲ製の部品を付けると、バランスが保てる場合もあります。
 新しい楽器におけるツゲ製部品のメリットもあります。それはその「デザイン」、「軽さ」、そして「糸巻きの滑らかさ」が上げられます。しかし、この「糸巻きの滑らかさ」は、一方で、部品寿命の短さとも言えるので、このメリット、デメリットを理解した上で使用すべきでしょう。

 ツゲ材質で、もう一つ注意すべき事があります。それはその色です。一般の方々が知っているツゲ部品の色とは、純粋なツゲの色ではないのです。本当のツゲの色はもっと明るい色をしています。これでは楽器の雰囲気とマッチしないので、もっと濃い色に変えるのです。
 この色の染め方には2種類あります。一つは、単純に茶色の色を塗ること。もう一つは、酸(薬品)で染める方法です。前者の場合の欠点は、ツゲの質感が消されてしまい、製品が安っぽくなってしまいがちです。後者の欠点は、色の調整が難しいこと、木材が若干痩せてしまうことです。ですから、糸巻きを削った後に、わざとその部分(楽器に差し込む部分)には、色を付けない製作者も多いのです。

中〜低品質な黒檀、紫檀、ツゲ
 これらの品質の特徴は、木目が真っ直ぐでないことや、密度が高くないことです。ですから部品を製作したり、調整しようとしたときに、精密に加工できないのです。例えば、糸巻きを精密に円錐径に削ろうとしても、その密度や木目のねじれ具合によって、うまく削れません。ですから楕円形になってしまって、結果的に「調子の悪い糸巻き」となってしまうのです。
 また、材質が柔らかなために、その寿命が短いということも上げられます。

黒く色を塗った材質
 この部品は、一見黒檀製の部品ですが、中身は全く違った普通の柔らかい木材です。ですから強度が弱く、長い間に色々なトラブルが出ます。安い価格帯の楽器において、よく見られます。

硬質プラスティック
 これも一見、黒檀風です。良質なものはなかなかの性能です。上記のような「色を塗った柔かな部品」よりは、こちらの方が良心的と言えると思います。しかし、糸巻きとして使用するには、まだ無理があります。というのは、糸巻きは微妙な削り作業が必要なのですが、硬質プラスティックは良質黒檀のようにうまく削れないのです(削れたとしても、刃物が傷んでしまったりしてしまうので実用的でありません)。普及品楽器のテールピースやアゴ当てには、多く使われています。

 今回は、純粋に「材質」について書きました。しかし単に「材質」だけでもこれだけの様々な要因を含んでいるのです。そしてこれらに部品の「形」などの要因が加わると、部品だけでもいかに奥が深いかが分かっていただけると思います。実際にはそれに加えて、「加工精度」、「装着精度」などの要素も加わるのです。
 中級以上の楽器を持っていらっしゃる方は、その部品をもう一度見直して、もしも質の低い、または楽器と合っていない部品が着いている場合には、是非交換することをお勧めします。

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