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はじめに

 「弦楽器は生き物のよう」と、よく言われます。確かに、弦楽器は使用者の取り扱い、愛情、不信感等に対して確実に反応します。「楽器の声が聞こえてくる」と言っても、大げさな表現ではありません。そしてまるで成長するかのように、変化を見せるのです。それは弦楽器との付き合いにおいて、もう一側面の醍醐味とも言えるでしょう。そして素晴らしい演奏者とは、良い演奏をするだけではなく、楽器を育てあげることのできる人でもあるのです。
 しかし、楽器は生き物ではありません。それではなぜ、このようにまるで生き物のような振る舞いを見せるのでしょうか? それは、弦楽器が「生物としての木材から作られている」等の要因もありますが、最も重要な要因となるのは「確率」なのです。さらに正確に言えば、「時間軸と確率」です。
 弦楽器のように100年以上も使用され、さらに構造的にも複雑な要素を持つ楽器の場合には、日々の些細な取り扱い方が楽器に蓄積されます。そしてそれがある程度大きく蓄積されたところで、現実としての「変化」として現れるのです。楽器の使用者は、毎日、意識的にまたは無意識のうちに、楽器に対して様々な操作、影響を与えています。この楽器に蓄積される要因は、普段から楽器に対して注意深く、そして丁寧な取り扱いをしている人の場合には、「確率的」にですが、楽器に加わる実害は少なくなり、そして結果的に楽器の性能はより良い方向に働きます。その逆に、普段から楽器に対して無頓着で、そして乱暴な取り扱いを行っている場合には、「確率的」に、楽器に加わる実害は大きくなるのです。そしてこの「確率的な操作」は長い期間であればあるほど、確実に表面に現れるものです。このような弦楽器のその振る舞いは、まさに生き物のようです。逆に言えば、弦楽器と、生き物のような接し方をするという事は、きちんと理にかなった方法ということなのです。
 弦楽器との信頼関係を築くためには、弦楽器を正しく理解し、そして正しく取り扱うことが前提となります。今回は「使いこなし篇」として、応用的なことも加えました。これらの内容が皆様と楽器との信頼関係を築く上でお役に立てることを祈っております。
 なお、今回の内容は、前編となります「弦楽器のしくみとメンテナンス」での考え方を基礎としています。今回の「弦楽器のしくみとメンテナンス 使いこなし篇」だけでも分かりやすいように書いてはいますが、もしも可能でしたら、前編から読んでいただくと、さらに内容を理解していただけるかと思います。

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

「弦楽器のしくみとメンテナンス・2 使いこなし篇」
佐々木朗著、音楽之友社出版
価格:\1,800+税



「音楽の友」Augst 2000号における書評