マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:楽器は絹布で包んでケースに入れた方が良いのですか?

A:確かに高級楽器などは絹の布に包まれていたり、絹袋に入れられていることも多いです。このようにした方が楽器にとって良いものか、気になっている方も多いでしょう。

楽器を包む布の種類
 これまで私が見てきた範囲では、楽器を包む布のタイプには次のものがあります。下にその内の2例写真を掲載しておきます。
  1. 既製品の柄付きスカーフ(絹製か化繊かは不明)。
  2. スカーフではないが、絹っぽい布を自分で裁断したもの。
  3. 既製品の絹袋(若干厚め)。
  4. 絹布(薄い)を自分で袋状に縫製したもの。

なぜ絹布で包むのか
 多くの方は、楽器のニスにケースの跡が付きにくくなるとか、またはぶつけた時に少しでも楽器へのダメージを少なくするためと思っていることでしょう。これは確かに正解です。特に絹布は繊維の目が細かく柔らかいために、楽器を包む布としては最適です。このように、楽器を布で包むことにはきちんとした理由があるのですが、しかし時代背景的なものもあるのです。
 戦前とか、または100年以上とか前にはヴァイオリンのまともなケースはあまりありませんでした。楽器は、今となっては驚くような貧弱な内装(クッション性能)の木箱に入れられたり、またはヴァイオリンの行商人がいくつもの楽器を重ねるように箱に収めていたのです。そのような「ケース事情」の中で、高価な楽器は丁寧に袋に入れて持ち運んだのです。また、最近のケースのように「上かぶせ布」も有りませんでした。楽器を布でくるんだり、または袋に入れて持ち運ぶのはこの時代の名残とも言えるのです。すなわち現代のきちんとした楽器ケースにおいては、必ずしも絹布で楽器を包むことが必要というわけではありません。

 一方、現在においても高級楽器などを絹の袋に入れて持ち運ぶ業者が多いです。これは数多くの楽器を移動(ケースから出したり、しまったり)するときのリスクを少しでも減らすためです。数本の楽器を一度に扱っていると、どうしても楽器へのトラブルのリスクが増えてしまいます。そのような時に袋に入れていることで楽器に傷が付いてしまったりとかのトラブルの可能性を少しでも減らせるのです。もう一つの理由は、「高級感をかもし出す」というテクニックでもあります。
布で包む事によるメリット
 ここでは業者にとってのメリットではなく、一般のユーザーにとってのメリットとデメリットを書いてみましょう。
 絹の布や袋で楽器を包むメリットとして、楽器のニスに跡が付きにくくなるということがあります。特に楽器の質が低く(高価な楽器ケースにも質の低いものは沢山あります)、楽器の一部分のみで楽器を支えるような構造のケースの場合、その部分のニスが大きく傷みます。または内装の布質が悪く、布の繊維が取れてニスに入り込んでしまう物もあります。そのような時に絹布を挟むことで、その悪影響を少しでも和らげることができるのです。
 次は同じく質の低いケースで(特に軽量化のみを追求しているようなケースに多いです)、楽器の保護性能が低い場合があります。このようなケースにおいては、厚めの布を使った袋状のタイプ(上写真)のものは効果抜群です。
 最後のメリットは「雰囲気」です。これも大切な要素のひとつです。自分自身にも、楽器を保護しようという自覚が生まれます(その自覚があるから、そうしているとも言えるわけですが)。
布で包むことによるデメリット
 意外に思うかもしれませんが、デメリットもありますので注意してください。
 きちんとしたケースの場合(例えば私がお勧めするJAEGERケースとか)、楽器ケースの内寸が楽器とほとんどピッタリ合っています。このようなケースの場合、厚手の布や袋に入れてしまうと、楽器が圧迫されてしまうのです。薄手の布の場合には問題有りません。
 次のデメリットはニスへの布跡です。先のメリットの項目の中に、「ケースの内装の跡が付きにくい」と書きましたが、その全く逆の事も言えます。布に包むときにシワが寄っていたりすると、そのシワの跡が楽器に付いてしまうこともあるのです。袋状タイプの場合には、このトラブルは比較的起きにくいです。
 デメリットはまだあります。古い楽器の場合、表板の輪郭部分がささくれ立っています。布や袋にこのささくれが引っかかり、楽器を保護しているつもりが逆に傷めてしまうこともあるのです。
 最後は、布や袋自体が汚れていたり、湿っていたりすることです。定期的に洗濯したり、クリーニングに出したりして清潔にしておかなければ、楽器を傷めてしまう可能性もあります。
結論
 楽器を絹の布や袋で包むことは良いことです。しかし昔と違って、今のきちんとしたケースにおいては、必ずしもそうすべきというものでもありません。それどころか、使い方を間違えると楽器への悪影響になることさえもあるのです。もちろん正しい布(袋)を正しく使えばさらに良いこともたしかです。自分の楽器に対する意識も高まることでしょう。