弓竿の「反り」とその効果

2008.12.14 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

弓竿の反り
 弓の竿には「反り」が付いています。これは馬毛にピンとした張力をもたせるためです。しかし、もし「弓竿の反り」が馬毛の張力だけが目的でしたら、弓矢のような「順反り」の弓竿と、逆反りした弓竿とでその効果は同じになるはずです。事実、初期の弓(バロック弓)は現代の弓と違って、順反りの弓竿でした。バロック弓と現代の弓との違いはどこにあるのでしょうか?
弓の大革命、「逆反り」
 楽弓の歴史について私は特に詳しい研究をしたわけではありませんので、あくまでも想像ではありますが、楽弓の起源は狩猟の弓にあったのではないでしょうか。すなわち「順反り」の竿です。これはごく自然な発想だと思います。強い張力を得るためには、強い竿(樹木の幹や枝)をぐっと曲げて、そこにツルや糸を張ればよいのです。同じ発想で生まれた楽弓も、長い間「順反り」のタイプ(図A)が使われていました。
 ところがある時逆反りの弓(図C)が発明されたのです。具体的に誰が考案した者なのか?、その開発の経緯はどうだったのか?などの詳細については、私がここで説明できるほど詳しくはないので省略しますが、確実に言えることは、ある時に「逆反り」の弓竿が誕生したという事実です。そしてこれこそが弦楽器演奏における大発明であり、大革命に繋がったのです。

注: 上イラストは特徴を極端に表現しているため、実際の弓とは反りの量も、デザインも異なっています。

「反り」とボウイングの方向
 上図は反りの異なる3タイプの弓を誇張気味に描いたものです。タイプAが初期のバロック弓。タイプBは反りの付いていない弓(または竿の性能が低い弓)。タイプCは現代の弓と考えてください。

 ふつう演奏者は、弓が動く方向を考えるときに馬毛を意識します。上のイラストで考えると、3タイプとも、弓は水平に、馬毛が張っている方向に動くと思っているのです。または、自分はその向き(馬毛の向き)に弓を動かしていると思っているのです。ところが、実際のボウイングは馬毛の向きに動かしているのではなく、無意識のうちに竿の反りに合わせた向きに動かしているのです。上図で説明すると、タイプA、Cの弓で黄色い矢印の向きにボウイングしているつもりなのに、実際には無意識に赤色の矢印の向きに弓を動かしているのです。なぜそのようなボウイングの向きになるかというと、馬毛よりも弓竿の方がはるかに質量(慣性)が大きいからです。無意識のうちに、質量(重心)の移動を最小にするようなボウイングが行われるからなのです。
「反り」と力のベクトル
 さて、このようにボウイングとは真横(馬毛の方向)に弓を引いているようでいて、実は弓竿の方向に自然と動かしていることがわかります。この運動から力のベクトルを逆算すると、タイプAのバロック弓では上向きの力が、そしてタイプCでは下向きの力が生まれていることがわかります。これが「逆反り」の秘密なのです。
弓の大革命と演奏技法
 このように「逆反り」の弓が考案されたことにより、弓が弦に吸い付くような運動が可能になりました。それまでの弓では速いボウイングをするほどに弓が浮いてしまい、長い音符主体の音楽しか演奏できませんでしたが、弓竿の「逆反り」により、スピッカート、強い発音、などの様々な超絶技法が可能になったのです。
補足と注意
 ・今回は「反りの原理」を説明しただけです。実際の「弓の性能」はもっと別の要因も含まれますので、大きな逆反りが付いている弓が性能が高いという、単純なものではありません。
 ・実際の「逆反り」の効果には、上で説明した以外の要因もあります。

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