断熱(保温)シートの効果

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

熱による被害
 夏が近づくと、毎年、熱によって楽器を壊してしまう人が必ず何人かいるものです。楽器ケースを、長時間直射日光の下に放置してはいけないということは常識です。しかし、皆さんの想像以上に太陽の熱は楽器に影響を与えるのです。

 多くの人が誤解しているのは、「室温」と「直射日光」との混同です。例えば、いくらクーラーを付けて車内の温度を下げたとしても、楽器ケースに直射日光が当たってしまっていては、クーラーは何の意味も持ちません。日光に含まれる赤外線は、たとえ車内の温度が快適でも、楽器ケースに直に届いてしまうからです。
 楽器ケースは密閉されているために、いったん熱を持ってしまうと、それをどんどんと溜め込んでしまいます。そしてケース内は数10℃になってしまうのです。このような温度になってしまうと、ニスが溶けてしまったり、楽器の板が変形してしまったり、または膠が剥がれてネックがとれてしまったりするトラブルが起こります。そして更に悪いことに、そのような変形してしまった楽器の修理をすることは非常に困難なのです。
熱からの保護
 楽器を熱から守るためには、とにかく直射日光の下にはケースを置かないことです。たとえ5分間でもよくありません。もしもどうしても車内に置かなければならないときには、毛布などでくるむのがよいのです。これは単に熱から楽器を守るだけでなく、振動や、もしもの事故の時の衝撃からも楽器を守ってくれることでしょう。毛布がどうしても無い場合には、上着などを掛けておくだけでも効果は大きいのです。
断熱(保温)シートの応用
 楽器のケースカバーはとても重要な役割を持っています。それは熱を吸収するのを防ぐ働きがあるのです。特に布製(スポンジ内装の化学繊維)のカバーは優秀です。逆に、カバー無しのケースや、ビニール製のカバーの場合には熱をどんどん吸ってしまうので危険なのです。
 このように、カバーがあるだけでもずいぶんと効果はあるのですが、そこに更に保温シートを入れるだけで効果は大きくなります。保温シートとは、銀色をしたスポンジ状の薄いシートです。これは雑貨店などで「流し台シート」としても売っているので、特に専門のものでなくてもそれでも十分な性能を発揮します。
  保温シートを入れる場所は、完璧を期すならば、ケースカバーを外してケースの全面に入れるのがよいでしょう。しかし角形ケースの場合には、ケース蓋の「譜面入れ」部分に、保温シートを1枚入れるだけでもある程度の効果はあります。

保温シートの効果実験
 実験は白熱電球を利用して、室内で行いました。
ケース:角形ケース(東洋V-38、茶色の化学繊維カバー付き)
熱源:60Wの白熱電球3個をケースの25cm上から照射
照射時間:20分間
室温:28℃
温度測定:ケース内に温度センサーを置き、30秒間隔で測定
     
 このグラフを見ると、明らかに保温シートの効果が分かります。ただし注意すべきことは、保温シートを入れたからといって、ケース内の温度上昇は抑えられないということです。従って長時間後には、これらの2つのケースの温度は同じくらい高くなってしまうことでしょう。すなわち、保温シートはあくまでも温度上昇を遅らせる効果しかないということです。過信は禁物です。
冬季における効果
 保温シートが楽器を強い日差しから守るということは理解していただけたと思います。しかし保温シートの効果は冬季にもあるのです。それは楽器の冷えすぎを防ぐということです。
 冬に楽器を持ち歩くと、楽器はとても冷たくなっています。そして暖かい室内でケースを開けると、楽器に露が付いて湿っぽくなっていることに気づいている人も多いのではないでしょうか?保温シートは、この「冷え過ぎ」にも効果があります。もっとも、この効果は夏期における効果と比べると微々たるものなので、「やらないよりは、まし」程度に考えた方がよいでしょう。