楽器の紫外線撮影

2003.2.4 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

 美術品などを検査するために紫外線で撮影する方法は古くからありました。ヴァイオリンにおいても、ニスの検査や修理などに用いられています。私もドイツのマッホールド社に遊びに行った時に、そこの技術主任の須賀修氏から、紫外線を利用して名器のオリジナルニスと後世に塗られた新しいニスとを見分けて修理する方法を教えてもらった事があります。
 今回はそれを実際に写真に撮影してみようという実験です。

紫外線とは
 もう既にご存じの事とは思いますが、「紫外線」とは光の中のある周波数帯域の事です。それは人間が肉眼で見ることができる波長よりも短い波長の光です。すなわち、肉眼では見ることはできません。このような普段と異なる光を当てる事によって、いつもとは異なった見え方をさせるわけです。それによって普段ならば見えないものが見える事もあります。似たような方法として、「赤外線撮影」、「エックス線撮影」、「ガンマ線撮影」など様々な光の波長を利用した観測方法が存在します。
 なお、紫外線撮影といっても必ずしも肉眼で見る事のできない紫外線領域だけを撮影するわけではありません。実際には紫外線領域に近い可視光(紫色)も出ていますし、エネルギーの高い紫外線が物質に当たる事によって、分子の励起状態が変わり、可視光として発光(蛍光)するものもあるからです。このような光は肉眼でも観測可能です。
紫外線ランプの種類
 今回は我々が簡単に手に入れる事のできる機材での話しだけをします。「紫外線」領域にも若干の幅があり、それによって紫外線ランプにも種類があります。可視光に近いものから「ブラックライト」、「日焼けライト」、「殺菌灯」に分けられます。そしてこれらは比較的簡単に入手する事ができます。これらのそれぞれにおいて紫外線の周波数帯も異なりますから、撮影時の見え方も異なってくると考えられます。しかし、今回の実験では人体への害が最小と考えられる「ブラックライト」で実験をすることにしました。殺菌灯などでは、その光を長時間浴びていると皮膚や眼に害を及ぼしてしまう可能性が高いからです。

上記グラフは 写真工学社 「写真撮影百科パート1」P.213より引用

紫外線撮影の難しさ
 紫外線をいざ撮影しようとすると、最初から困難な壁に突き当たります。紫外線はガラスなどに吸収されやすいため、カメラのレンズで吸収されてしまって旨く撮影できないのです。このために開発されたのがUVレンズです。特殊なガラスを使い、紫外線を可能な限り減衰させないように作られている特殊レンズです。有名なところでは「UVマイクロニッコール」というレンズがあるのですが、現在は発売されていなく、またその価格も40万円近くもする高価なレンズでした。運良く中古市場に登場したとしても、おいそれと買う事はできません。
 また、レンズ以外にも特殊なフィルターやフィルムなど、難しい問題が沢山あり、素人が簡単に実験できるようなものではありません。これらに関してのより詳しい事については写真工学社「写真撮影百科パート1」に書かれていますので、そちらを読んでみてください。
デジカメの利用
 上で「素人には簡単に撮影できない」と書きましたが、時代はフィルムからデジカメ(CCD)になりました。これによって、我々のような素人にでも紫外線撮影が簡単にできるようになったのです。というのは、デジカメに使われているCCDはフィルムよりも赤外線や紫外線、すなわち非可視光領域に対して感度が高いのです。これによって、紫外線撮影専用に作られたレンズでなくても、普通のレンズを用いてでも、紫外線撮影が可能になりました。というのは、CCDの感度が高いため、一般のレンズを用いる事によって紫外線の減衰が大きくても、ある程度の撮影ならば問題なく写す事が可能になったからです。もっとも、デジカメの個体差によっても紫外線の感度は違うと思われますので、あとは試行錯誤をするしかありません。
撮影機材
*ブラックライト:20Wタイプの蛍光灯(ちなみに、電球タイプのブラックライトも売っていますが、紫外線の量は蛍光灯タイプの方が大きいので蛍光灯タイプを使うべきです)
*デジカメ:EOS 1D+EF50mm F1.4
*今回は可視光帯域をあまり出さないブラックライトを利用しているので、可視光カットフィルターは付けないで撮影しました。
*撮影時の設定:絞り優先モードでF6.4にして撮影。三脚+レリーズ使用。

量販電気店で購入したブラックライト(約5,000円)。最近では室内演出用として用いられています。

撮影の実際
 手元にあった少し古めのヴァイオリンのニスを撮影してみました。まずは普通の蛍光灯下で撮影した後、工房の電気を全て消し(夜に行いました)ブラックライトで楽器を照らしながら同設定にて撮影しました。もちろん、ブラックライトの明るさは暗いので、ブラックライトでの撮影は長時間の露光を行っています。その2つの画像を次に掲載します。
 実際には純粋な紫外線(目に見えない)だけでなく、紫外線領域に近い可視光(紫色)も多く出ています。このため、楽器の変化は肉眼でも判別可能です。今回の場合には、この「紫外線に近い可視光」も含めて、「紫外線撮影」とすることにします。デジカメで撮影した画像には、肉眼で見る事のできないデータも含まれていますので、その部分に関しては純粋な紫外線領域と言えると思います。

上の写真ではニスの種類を判別する事はほとんど不可能です。かろうじてニスの濃淡が判る程度です。

 紫外線撮影した写真は、ニスが磨り減って薄くなった箇所、または異質のニス(後世に塗られたニス)を塗った部分の色が異なって写っています。ただ、この楽器の場合には楽器全体にニスを塗った形跡がありますので、本来のオリジナルニスとそれ以降に塗られたニスの違いが判別しにくくなっている事は確かです。いずれにせよ、肉眼で見えにくいニスの構造がこのような単純な撮影によって判別できるというのは興味深い事です。

画像の上にマウスを乗せてみてください。前後の比較ができます

今回の撮影実験の感想
 今回の実験では取りあえず撮影する事が目的でしたので、紫外線ランプの種類、デジカメの種類、レンズの種類、撮影対象を比較する事は行いませんでした。これらは追々行いたいと思います。今回のデジカメでの撮影実験で、大きな可能性が生まれた事は事実です。フィルムと違い、デジカメの場合には気軽に撮影実験が行えます。
なお、今回の紫外線撮影の最大の目的である、「消えかかった弓の刻印を判読する」事に関しては、紫外線では旨くいきませんでした。というのは、弓に押してある刻印の多くは、焼き印のために顔料が含まれておらず、それが発光しないのです。また、刻印自体が磨り減ってしまっていると、木材内部に顔料が染み込んでいない限り、文字か浮き出てくる事は不可能です。もしも感想可能とすれば、赤外線撮影の方かもしれません。

2012.11.24 追加掲載 「紫外線撮影用のレンズ考察

 

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