マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:「毛替え時」はどうやって判断するのですか?

A:多くの方は、弓の毛が切れて少なくなったり、毛が摩耗したときが「毛替え時」と考えていることでしょう。もちろんこれは正しいのですが、他にも「毛替え時」の要因はあります。これらについて説明してみましょう。

毛が切れて、少なくなった時
 これは一目瞭然です。ただし、毛の切れる原因は様々です。純粋に、弦による摩耗で切れる場合よりも、その他の要因によって切れることの方が多いでしょう。よくあるのは、弓竿に弦を擦り付けてしまっている場合です。もちろん、多かれ少なかれ、弓の毛は弓竿に接触するものですが(弓竿が松ヤニで白く汚れるので分かります)、その具合が酷い場合には毛が切れやすくなってしまいます。これは、弓を傾けすぎて演奏する癖のある人、または弓の質が低いために曲げ強度が弱すぎて、弓の毛が竿にべったりとくっついてしまう場合に多く起こります。
毛の摩耗
 毛が摩耗してしまったときも毛替え時です。しかし、弓の毛は松ヤニでコーティングされた状態で弦と接触していますから、そう簡単に摩耗するものではありません。演奏の具合、時間によっても大きく異なるのですが、一般的なアマチュア演奏においては、こと摩耗だけの要因については、1年間くらいは平気のはずです。
弓の毛の汚れ
 「最近弦の引っかかりが悪くなった」と感じる場合には、毛の摩耗よりも、汚れの影響の方が大きいかもしれません。弓の毛にはベタつく松ヤニが付いていますので、想像以上に汚れが付きやすいのです。この汚れには様々なものがあります。毛が黒くなっていないからといって、汚れが付いていないとは限りません。
 この汚れには、汗、人の脂、空気中の汚れ(埃、タバコ、排気ガス、料理油・・・)、楽器拭き布の埃、弦から出る金属粉・・・等、様々です。そしてこれらが弓毛に付くことによって、松ヤニの乗りにむらができ、弦が引っかからなくなってしまいます。
 この様に汚れやすい敏感な毛ですから、当然、毛には絶対に手で触れないように気を付けてください。
毛のバランスが崩れた場合
 弓の毛は同じ張力でピンと張られなければなりません。もしもバランスが崩れてしまって、各毛の長さがバラバラになってしまうと、ある毛がせっかく弦を引っ張ろうとしても、隣の弛んだ毛がまとわりついてしまうからです。このような状態では大きな摩擦係数は生まれません。そして、そのような毛の状態の弓からは、もやっとした音しか出なくなってしまいます。
 この状態を調べる方法は、毛を5分くらいの張り具合(強く張らない)にしたときに、部分的には毛がピンと張っているのに、部分的にはダラッとしている状態を見ることです。もちろん、毛替え直後でも、完璧に各毛の長さが揃っているということは技術的に不可能ですので、その辺りは割引いて考えてください。
毛の長さが長くなりすぎた場合
 「毛替え時」を決める上で大きな要因となるのが、この「毛の長さ」です。この事についてはあまり意識されていない人が多いようです。
 毛替え直後から、毛の長さは変化していきます。その要因は基本的には2つあります。一つ目は「湿度による伸び縮み」、もう一つは「毛を押さえているクサビ部分の遊びが無くなること」によります。これらの2つの要因の組み合わせによって、毛の伸縮具合は変わってくるのですが、多くの場合には伸びる傾向にあります。すなわち、毛の長さが長くなりすぎた場合には毛替え時です。それどころか、このまま使い続けることは弓の為によくないのです。

 上図のように、正しい毛の長さの場合、親指の爪は巻革にあたります。こうすることで、巻革は傷みますが、弓本体は傷みません。傷んだ巻革は新たに巻き直せばよいのです。巻革とは傷んで初めて性能を発揮するものなのです。


 一方、毛の長さが長すぎる場合には上図のようになってしまいます。こうなると巻革は何の役にも立たず、弓の竿が磨り減ってしまいます。この様になってしまうと、修理が利きません(簡易的に埋めることはできますが、それは一時しのぎにしかすぎません)。特に上質弓の場合には、取り返しのつかない深刻な状況です。
 また、これも重要なことですが、毛の長さが伸びるということは、すなわち弓の後部を持って弾くということです。これは弓の重心が数ミリも移動したのに等しいのです。従って、せっかくの弓のバランスも台無しになってしまっているのです。
 毛の長さは徐々に伸びていきます。従って毎日使っている本人に限って、そのバランスの崩れに気が付かないものなのです。従って、上図のように、視覚的な確認作業を行うべきでしょう。

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