マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:毛替えの良し悪しを見分けるにはどうしたらよいですか?

A:毛替え作業はとても難しく複雑な要素が入っていますので、言葉で説明することは不可能に近いです。今回はその中での幾つかのポイントだけを挙げますが、あくまでも参考程度にしてください。

見えない箇所
 毛替え作業において、見えない部分の作業こそが一番重要です。例えば、クサビを無理な力で打ち込んでしまったり、接着剤で付けてしまったり、またはその着いている接着剤を取り去るのに、クサビ穴までゴリゴリと削ってしまったり、きつくなったスライド板を強制的にはめてしまったり、金属部分を変な薬品や紙ヤスリで磨いてしまったり・・・、このような作業によって弓は急激に傷みます。すなわち「弓を傷めない毛替え作業」が高度な毛替えと言ってもよいくらいなのです。しかしそれは一般の方には見えない部分ですし、また例え見たとしてもその良し悪しを判断できるような内容ではありません。従って今回はあえて省略します。
 しかしこの「弓を傷めない毛替え作業」そこが重要なのだということだけは、いつも頭に入れておいてください。
毛の長さ
 技術力の低い毛替え作業を行った弓においてよく見受けられるのですが、毛替えをしたばかりなのにもう既に毛が長すぎるというものです。
 下の写真のように、フロッシュを一番弛めた状態で毛がダランとなってしまっているようではいけません。これではフロッシュと巻革との距離が開きすぎてしまし、弓の重心が大幅に狂うだけでなく、弓竿やフロッシュを傷めてしまう原因になります。
 これは毛替えの良し悪しの一番簡単な見極めになりますから、毛替えをした弓を受け取ったらチェックしてみてください。但し注意があります。毛替え作業をしたばかりで、毛がまだ濡れている場合には、毛がこのように伸びてしまいますので、そのような場合には判定はできません。毛替え作業から3時間くらい以上経った弓において判断してください。

 正しい毛替え作業をした弓毛の長さは、フロッシュを一番弛めた状態で毛がピンと張る寸前の状態か、または少し毛が張った状態です。フロッシュ内のクサビを接着剤などで固定しない場合、クサビの遊び部分が詰まる事によって、どうしても毛が僅かに長くなるのです。従って、その長くなる分を考慮した上で毛替えをするのです。

毛替えをしたばかりなのに上写真のように弛んでいるようではいけない

毛替えをしたばかりの時は少し張り気味くらいでもよい。

馬毛の質
 これは専門的になりますので詳しい事を書くことは不可能なのですが、理想的な弓毛は次のような要素が必要です。
*それぞれの毛の太さに大きなバラツキがない(特に、とても細いものが混じっていてはいけない)。
*毛に大きな捻れや節がない。
*毛の表面が荒れていない(枝毛などもない)。
*毛が汚れていない。
*毛の中に黒や茶色の毛が混じっていていけないという事はありませんが、高級な弓用馬毛でまだら色の毛束はあまり聞いた事がありません。良質と言われる馬毛の色は、白〜黄色っぽい色をしています。
毛の量
 これは技術者の好みによって若干のバラツキがあります。この場で適切な毛の量を説明する事は不可能ですので、今回は省略します。
毛の張り方
 高度な技術の毛替え作業では、それぞれの毛が交差せずに平行に張れています。これによって各毛に均等な張力が加わり、理想的な摩擦係数(音の発音の良さ)と耐摩耗力(毛が切れにくい)を生むのです。これを簡単に確かめるためには下写真のように目の細かい櫛でフロッシュ側から弓先へと毛を梳いてみると一目瞭然です。毛の交差している弓においては弓中で櫛が止まってしまう事でしょう。
 もっともこの櫛によるチェック方法は松ヤニが既に付いてしまっている毛においては絶対に行ってはいけません。毛と櫛との摩擦力が高すぎて、毛を傷めてしまうからです。櫛も松ヤニでベタベタになってしまう事でしょう。
 そのような場合には次写真のように毛を良く眺めてください。きちんとした毛替えの弓の場合には毛が弓先までビシッと平行なのに対して、下手な毛替えの弓では毛が交差しているのが見える事でしょう。

松ヤニの着いている毛で櫛を使ってはいけません。

このように眺めるだけで、毛が平行に張れているかのチェックは可能です。

毛のバランス
 毛が張っている状態と弛み始めるそのちょうど境目の状態において、毛の長さに大きなバラツキがあってはいけません。下手な技術者の毛替え作業では、これを隠すために毛替え作業の最後にアルコールランプの炎で毛を縮めて毛のバランスを整えます。このような操作を行った毛はちぢれてしまっているのです。よく観察すると熱でちぢれた毛、熱で焦げてしまった毛はすぐに判ります。
 毛替え作業の最後に1〜2本の毛を熱で修正する事は全く問題ありませんが、数十本の毛を修正する事は問題外です。
半月リングと毛の隙間
 理想的な毛替えを行っている毛の場合、下写真のように半月リングから出ている毛は少しだけフワッと広がった感じになっています(毛替え直後の話しです)。しかし、程度の低い毛替え作業を行った弓においては、毛替え直後なのに毛が中心に寄ってしまい、半月リングに隙間ができてしまっているものもあるのです。もしも毛を張ってみて、半月リングの両端に隙間ができてしまっているようならばクレームをつけてみてはいかがでしょうか。
 但し、これは技術者として少しだけ言い訳もあるのです。というのは半月リングのクサビをきつく打ち込めば、毛が寄ってしまうというトラブルは起きません。しかしそうすると半月リングが変形してしまうのです。従って、そのギリギリの線を狙って作業を行います。古い弓でフロッシュの強度が落ちてしまっている弓の毛替え作業などはとても難しいのです。

良い毛替えでは毛替え直後には、赤丸の部分がフワリと広がっています(半月リングの形によっては、そうならないものもあります)。

毛替え直後に、赤丸の部分に隙間(1mmくらい)ができているようではいけません。

弓をクリーニングしているか
 きちんとした毛替え作業においては、弓を綺麗にクリーニングするという事もとても大切な事です。弓竿にこびり付いている松ヤニや、錆びてしまっている金属部分、フロッシュと弓竿の間に溜まっている汚れなど、毛替え作業の時に一緒に行わなくてはなりません。
 良い毛替え作業をする技術者の場合、きちんと毛替えの時に弓のクリーニング作業も行います。もっともこれはサービスで行うと言っているのではありません。きちんと料金を取るか、または毛替え料金の中に含まれているべきものなのです。
毛替え作業の時に、必要な修理箇所を指摘してくれる
 これも上の「クリーニング」と似た内容ですが、きちんとした技術者は毛替え作業の時に「毛替え」だけを行っているのではありません。毛替え作業をしながら、その弓の事を考えます。そして修理すべき事があれば、ついでに修理したり(もちろん有料です)、または大きな額の修理になる場合には事前に所有者に報告する事でしょう。
 所有者としては「毛替えだけをお願いしたのに、また余計な出費がと・・・」思うかもしれませんが、それは技術者の責任と弓に対する愛情と捉えてください。もちろん技術者との話し合いの中で、納得できない修理内容でしたら、それは拒絶すべきですが。

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