マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:弓チップの先端が欠けてしまいましたが、このまま使ってもよいのですか?

:「チップ」とは弓の先端に付いている白い板状のものです。多くの方はこれが象牙と思っていますが、ほとんどの場合は牛骨からできています。もちろん少数ではありますが象牙製(輸入制限のため、最近ではほとんどがマンモス象牙製です)のチップもあります。また、たまに銀や金板でできているチップも見かけます。安い弓の場合にはプラスティック板が使用されている場合も多いです。
 チップの先端が欠けてしまった場合、もちろん修理した方がよい事は確かですが、弓のグレードなどによっても話は若干異なってきます。まずは「チップ」の役割を知ることが一番大切ですので、その話から話を進めてみましょう。

弓「チップ」の役割
 チップの役割はバランス、美観などの役割もありますが、最も重要なのは弓先端を保護するプロテクターとしての役割と、毛を差し込むクサビ穴の強度を高める役割です。
 弓の先端はついつい色々な所へぶつかってしまうものです。チップの先端が欠けてしまうというまさにご質問の内容も、この現れです。すなわちチップのような硬い板を張ることによって、弓本体の損傷を防いでいるのです。
 次は、クサビ穴の保護という意味においてのチップの役割についてです。チップの役割としてはこの意味が最も重要です。詳しい話は専門的になってしまいますので今回は書きませんが、硬いチップがあることによって、クサビ穴の形が変形せずにすむのです。すなわち結果的に、長期間に渡って弓のクサビ穴が傷まずに、精度の高い毛替え作業をすることが可能になるのです。
 余談になりますが、プラスティック製のチップは柔らかいために、すぐにクサビ穴入り口が変形してしまいます。従って、クサビがどうしても緩くなりがちです。すると、接着剤でクサビを固定するといったような、程度の低い毛替え作業が行われてしまう確率が高くなってしまうのです。
チップが傷んだまま使い続けると
 チップが傷んだまま使い続けていると、気を付けていても弓先をぶつけてしまうことがあります。この時に、本来ならば弓チップがガードしてくれるはずなのに、それが無くなってしまっていると弓本体が傷ついてしまうのです。これは1回だけならば問題はないのですが、使っている内には無意識のうちにずいぶんと弓をぶつけているものです。また、ケースに入れるときにこすってしまったり、手で触るだけでも弓は傷んでいくものです。
 このようにチップが不完全のまま使い続けていると、多かれ少なかれ弓本体(竿)は損傷を受けます。そしてそれが進行してしまうと、後になって弓チップを付け直そうと思っても、竿の方が凹んでしまっていては旨く接着できなくなってしまうのです。また、接着自体に問題はなくても、見栄えが悪くなったりします。
 後で後悔して、もそのときには手遅れとなってしまいます。従って、弓チップが壊れたときにはできるだけ早く修理するのが弓のためには一番良いのです。

弓のグレードとチップの修理
 さて、先で「チップが壊れた場合にはできるだけ早い修理を」ということを書きました。しかし、弓のグレードが低い場合には壊れたまま使い続けることもあるでしょう。または経済的な事情から、すぐに修理に取りかかれない場合もあります。そのような場合には、チップの取れてしまった部分を怪我した箇所のようにいたわるくらいの気持ちが必要です。そうしないと、いざチップの修理を行うことになった場合に、上手に修理ができなくなってしまいます。
 特に高級弓のチップが壊れてしまった場合には、至急にチップ交換をする事をお勧めします(毛替えのついででかまいません)。
チップの修理方法
 チップの壊れ方としては2通りがあります。1つ目はチップ先端が欠けてしまうトラブル。もう1つは、チップ自体が剥がれてしまうトラブルです。
 後者のトラブルの場合には、至急修理に出すことによって、そのまま接着し直すことが可能な事も多いです。チップの傷み方が酷い場合には、チップごとの交換となってしまうでしょう。
 チップの先端が欠けてしまうトラブルは、よく起こりうることです。この場合の修理方法も基本的には「チップ交換」になります。しかし低〜中級弓で、チップの破損状況が酷くない場合には、チップの先端部分のみを付け直すだけでもよいでしょう。たったこれだけでも、弓の傷み具合はずいぶんと違うものです。もしもこの時に、プラスティックのチップなどが付いている場合には、せっかくの機会ですからついでに普通(骨)のチップに交換することをお勧めします。

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