マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:弓には金や銀部品を使ったものがあり、それらで値段も違いますが、性能に違いはあるのですか?

:おっしゃるとおり、弓部品に使用される金属は弓のグレードによって違いがあります。大きく分類すると洋銀(銅合金)、銀、金合金に分けることができます。そして当然の事ながら、高価な貴金属を使用すると、それだけ弓製作のコストもかかります。
 このご質問は、「なぜ、わざわざ高価な貴金属を使用しなければならないのか?」ということでしょう。弓の性能には関係のない部品の装飾に貴金属などは使わず、その分意味のある部分(弓竿など)に重点を置いてほしいと思う気持ちはもっともなことです。しかし、部品に貴金属を使用するというのは、きちんとした理由があるのです。

洋銀(銅合金)の部品
 洋銀(ジャーマンシルバーと呼ばれることもあります)製の部品はヴァイオリンの弓の場合で説明すると、だいたい10万円以下の量産弓に使用されています。材料費は金や銀に比べると格段に安いもなので、できるだけ価格を低く設定したいグレードの弓にはこの「洋銀」が使われます。
 この洋銀の特徴は、第一には値段が安いことです。これが最大の特徴でしょう。そしてもう一つ硬いということもあげられます。このために初心者が乱暴に扱う(というよりも頻繁にメンテナンス修理を行わない)低いグレードの弓の場合、洋銀を使用することで壊れにくくなるのです。
 しかし欠点もあります。それは錆の付き具合です。洋銀は一見銀のような色をしていますが、実際には銀ではなく銅です。従って銅特有の青錆が出てしまうのです。この錆は見た目が汚いだけではなく、錆の層が厚く、そしてその錆を放っておくとどんどんと腐食が進行してしまい、金属は傷んでしまいます。
 このように洋銀を使用していたために部品が傷んでしまった弓は、例え弓竿の性能が良くてもみすぼらしくなってしまいます。このような弓では毛替えや修理の時に、「丁寧な扱い」を受ける確率が減ってしまいます。すなわち、長い間にその性能は下がってしまうのです。また、見た目が汚い弓は、演奏者自身もついつい乱暴に取り扱ったり、またはメンテナンスをしません。このような意味から、洋銀を使った弓は、確率的にですが、2次的な意味で性能が落ちやすいのです。
銀の部品
 銀部品は最も一般的です。ヴァイオリン弓の場合、中級品以上には大体がこの「銀」が使われています。銀は銅と比べるとずいぶんと高いので、コストもそれだけかかります。
 銀の特徴の一つとして、その程良い硬さがあげられます。銀は加工する上で理想的な硬さをしています。従って綺麗な細工、製作ができるのです。場合によっては彫刻を施されているものもあります。専門的にみた場合(または自分で作った場合)、銀で製作したものと洋銀で製作したものとでは製作の質に微妙な差が出てしまいます。当然、銀で作る方が良いものが作れます。
 次の特徴として、その錆の付き具合があげられます。銀も錆びます(茶色っぽく錆びます)。しかし銀に付く錆の層は非常に薄く、そして錆を放っておいても腐食は進行しません。従って、少し磨くだけで銀はその輝きを再び取り戻すのです。
 このように傷みにくい銀部品を使用した弓は、長年使っても弓はみすぼらしくなりません。従って演奏者は乱暴に取り扱うことも少なく、また技術者によっても丁寧な修理や毛替えがなされるのです。また、銀部品は壊れたときに修理が効き易いということも、長年にわたって弓が良い健康状態を保つ理由の一つなのです。
金の部品
 金部品には、純金では柔らかすぎるので金合金が使われます。その純度は18K〜8Kくらいが使われます。その価格は銀よりもさらに格段に高価になります(特に純度の高いものは)。このために製作のコストも高くなってしまいます。
 金の特徴としてまずあげられるのは、その錆びにくさです。純度の低いものは銀のように錆びてしまいますが、14K〜18K金を使用した部品はほとんど錆びません。従って洋銀弓のように金属が腐食してしまうこともありませんし、銀弓のように金属の輝きが無くなってしまうこともありません。金弓はいつまでも輝きを保つのです(実際には純金ではないのでわずかに錆びますが)。
 次の特徴としては、「付加価値」です。金は最高の貴金属ですから、金を使用しているという理由での付加価値が付くわけです。これは直接に弓の性能には関係ないのですが、金弓を使用した弓は確率的に大切に取り扱われます。そして長期的な視野で見た場合には、金弓は傷みにくいのです。
 欠点としては、弓部品の修理のしにくさがあげられます。金合金にはその純度によっていくつもの種類があり、部分的な修理をした場合に色などが合わなくなってしまったりします。また、そのような沢山の種類の金材料を持ち合わせていない修理工房がほとんどでしょう。このような理由から、金弓は変な修理がされてしまうこともあるのです。
金属材質と、その他の材料の質の関係
 ここまでは各種金属のみの性能と価格について書いてきましたが、実際の弓の場合にはこれらに加えてその他の材料の性能が大きく関わってきます。基本的には、各材料は同じグレードのものを使用して製作されます。従って、例えば洋銀が使われている弓に、最高品質の弓竿材料が用いられることはありません。そして金を使用している弓は、良い弓竿材料などが用いられるのです。但し、金を使っているからといって、「最高」の材料が必ず用いられるという保証はありません。あくまでも確率的(平均的)に見た場合の話です。
各金属の見分け方
 洋銀は錆びていれば緑っぽくなり(下写真の下)、銀は茶色っぽくなるので(下写真の上)一目瞭然です。難しいのは新品の時(ピカピカの時)です。これは我々専門の者でも見分けるのが難しいのですが、一般的に銀の方が白っぽく、柔らかな光り方をしていると表現されます。洋銀はほんのわずかですが青白く、鋭い光り方をしています。
 金はその純度によって赤銅のような色や黄色い色をしているようなものまで様々です。普通に言う「金色」ではなく、どちらかというと赤っぽい物が多いようです。錆び方も、純度の低い物は銀と大して変わりなく、純度の高いものはほとんど錆びません。

銀弓(上)と洋銀弓(下)

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