マイスターのQ&A
ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
Q:折れた弓は修理可能ですか?
A:弓は楽器本体とは異なり、非常にシンプルな構造です。これは逆に言えば、そこへの損傷が致命傷へと繋がるということを意味しているのです。しかし折れた場所によっては修理可能なこともあります。また、弓のグレードなどによっても、修理すべきかどうか異なってきます。
- 弓の竿の部分で折れた場合
- 弓の竿の部分で折れる場合には、そのほとんどは下図のように弓先端の竿の細い部分で折れます。この部分は竿の直径が細く、しかし大きな力が常にかかっている部分ですので、弓を強くぶつけてしまったりすると、どうしてもこの部分が折れてしまうのです。
また、たとえ強い衝撃を与えなかった場合でも、弓竿の木目(繊維)が斜めに目切れていて、更にその繊維の結合度が弱い木材だった場合には、弓はあっけなく折れてしまいます。この部分で弓が折れてしまった場合、このような木材自体の原因が引き金になっていることがほとんどです。
- この部分から弓が折れてしまった場合には、残念ですが、基本的には修理不可能と思ってください。というのは、下記の方法によって修理することも可能ですが、デメリットが生じてしまったり、または手間のかかる修理の割に、その強度的な保証が出来ないからです。事実、以前に行った修理では、やっと修理が完成して毛を張った途端に、修理箇所の隣の部分が同じように折れてしまったのです。修理したことによって、その隣の部分に無理な力が加わってしまったのです。
ちなみに、この部分で折れてしまった弓の修理方法としては基本的に2種類あります。1つめは折れてしまった竿を再び接着し直す方法です。しかしこの方法は修理強度が弱かったり、竿長が短くなってしまう等の重大な欠点を伴い、現実的な修理ではありません。
次の方法は折れてしまった弓の先端部分を全て新しく作り直す方法です。こちらの方が修理強度が高いためより現実的です。しかしこの方法は非常に手間がかかる修理である反面、弓のオリジナルを大きく損なってしまい見栄えが悪くなること(もっとも、修理しなければ弓は廃棄処分ですが)、修理が非常に難しので弓にねじれが生じてしまうかもしれないこと、そして手間のかかる修理の割に、それでも強度的な保証が出来ないこと等の欠点があるのです。
この様な意味から、弓の竿(特に細い部分)が折れてしまった場合には基本的には修理できないものと思った方がよいのです。修理は、たとえ高価な修理代金がかかり、そしてその保証ができないという事がわかっていてもあえて行いたいような「高価な弓」や「特別な弓」だけに限られるでしょう。
余談になりますが、弓を購入する時にはこの部分の「木目の目切れ」をチェックするとよいでしょう。完全に木目が斜めに目切れている弓は折れる危険性が高いからです。
- 弓先端部分が折れた場合
- この部分で折れた場合には大体の場合は修理可能です。修理方法は折れた部分を接着してから、補強材としてクサビ板を縦に埋め込むのです。この様にして修理された弓は、弓の真正面から見るとクサビ板が埋まっているのがわかりますが、一見したところは元とほとんど同じように直ります。弓のバランスも全く変わりません。
この方法の修理は、多くの場合、強度的に問題なく修理後長年に渡って弓を使うことが出来ますが、しかしこれは「保証」という意味ではありません。場合によっては修理後すぐに壊れてしまうこともあります。弓が折れて修理をした場合には、その直後に再び壊れなければラッキーというくらいに思わなければなりません。弓とはその位、強度的に過酷な条件を必要とする物なのです。
- 修理に持っていく上での注意
- 弓(楽器もそうですが)が折れてしまった場合には、まず、次の事を絶対に守ってください。1つめは「破損断面を傷めないこと」です。折れた部分同士を自分で合わせてみたり、または折れた弓をいい加減に保管していると破損断面が繊維レベルで僅かに傷んでしまいます。するといざ修理しようとしたときに、断面が密着しなくなるのです。これでは修理後に完全な接着力が期待できません。
2つめの注意点は「一刻も早く修理する」ということです。というのは、木材には元々内部歪みがあります。そして弓が破損したことによって、その内部歪みの力の均衡が崩れ、時間の経過と共に破損断面が歪むのです。この様になってしまうと破損断面が密着せずに、理想的な接着作業は行えません。
楽器の修理は人間の救急医療と同じです。早ければ早いほど効果的と思ってください。しかし、真夜中に工房のドアをドンドンと叩くほど、そこまで急ぐ必要はありません。
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