マイスターのQ&A
ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
Q:弓には丸弓と角弓がありますが、これらの違いはいったい何なのでしょうか?また、どちらの弓が良いものなのですか?
A:弓には丸いタイプと、8角形のタイプがあることは皆さんご存じと思います。これらのどちらが良い弓なのか、色々な情報が飛び交っています。それらの情報は、ある面は正しいのですが、一方である面はナンセンスな情報です。ですから、その誤った部分の情報を信じてしまうと、弓本来の姿が見えなくなってしまうのです。
丸弓と角弓の違いは、実に明快な理由によります。このように、弓の形を理論的に理解しさえすれば、今までと違った弓の見方ができることでしょう。
弓のグレードと、形の関係
- 大量生産弓
- このグレードの弓は、ほとんど全て機械によって大量生産されます(自動車産業のようなフルオートメションという意味ではありません)。この方法は、旋盤という機械で弓の棒を回転させて削って仕上げるのです。従ってこのような方法によって仕上げられる弓は、必然的に丸くなります。
またこのグレードの弓の場合には、使用する材料は安いものです。すなわち曲げに弱い材料なのです。ですから、このような弱い材料を使用して弓を作る場合には、弓棒の太さを太くして、少しでも弓の剛性を強くするのです。しかしその結果として、弓が太くなりすぎて重くなってしまうというデメリットが生じてしまうのです。
大量生産弓が丸弓ばかりで、しかもその弓は太めで、バランス的にも重いという理由はこういった事によるのです。
- 中・上級品(手工芸弓)
- 中・上級弓になると、製作は全て手によって丁寧に行われるか、それでなくとも多くの製作過程は手によって丁寧に行われます。これらの製作過程は、弓棒をまず4角形に削り、その次に8角形にします。この時点で(実際にはもっと早い時点にですが)弓製作者は、弓を丸弓にするか、それとも8角形のまま仕上げるかを決めるのです。というのは、このクラスの弓の場合には製造コストの関係上、最上級クラスの弓ほどの強い弓材木は使えません。ですから、製作者が弓の強度が若干不足気味と判断した場合には、8角形のまま仕上げることによって、若干強めの弓に仕上げることができるのです。
単純に考えると、弓の強度を増すためには太い弓を作ればよいのです。しかしこうすると、弓の見た目が悪くなってしまいます。そこで8角形にすることによって、弓の直径はそのままに、しかし断面積は増やすことができます。そしてこれは太い弓を作ったことと等しい効果を生みます。
このように、このクラスに角弓が多く見られるのも納得していただけることでしょう。ただし8角形の弓にもデメリットはあります。弓の断面積を増やして強度を増すということは、それは弓が重くなってしまうことと等しいからです。従って角弓は、どうしてもバランス的に重いものが多いです。
- 最上級弓
- このクラスともなると、弓の木材は理想的なものが使用されます。よって、弓製作者が角弓を作らなければならない必要性は少なくなります。その上に、角弓には先に記したデメリットの他に、もう一つのデメリットがあるからです。
最上クラスの弓ともなると、弓はとても長い期間使用されます。しかし角弓は、ぶつけてしまったりしたときに傷が付きやすいのです。これは弓の寿命に少なからず影響を及ぼします。また、弓は長い間には、火であぶって「反り直し」をする事もあります。この時にも角弓だと、角の部分が焦げやすいので、なかなか熱を加えにくいのです。
このように、最上クラスともなると角弓は少なくなります。しかし全く角弓がないというわけではありません。それは製作者の好みであったり、または細くてスマートな弓を作りたい場合には、あえて角弓にする場合もあるからです。
ちなみに、丸弓が角弓よりも製作が簡単ということはありません。というのは、精度の良い丸弓を作るためには、まず最初に精度の良い8角形を作らなければならないからです。ですから角弓の方が丸弓よりも高価な弓ということはありません。逆に、丸弓の方が角弓よりも上ということもないのです。選ぶ側としては、好みの問題程度に考えればよいでしょう。大切なのは、「丸弓か角弓か」よりも、弓の材質と製作の質に目を向けることです。
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