マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:「コンピュータヴァイオリン」とは何ですか?

A:このような楽器は10年〜15年くらい前にはよく耳にしましたが、最近はあまり聞かなくなってしまいました。これは、最近ではコンピュータ自体が普及して、「夢のコンピュータ」ではなくなってしまったからでしょう。
 ご質問の「コンピュータヴァイオリン」とは、「百数十万円で名器の音色を・・・」という内容がキャッチコピー(具体的な商品は指していません)だったはずです。特に当時は、コンピュータという機械が万能の機械と思っている方が多かったので(今でもそうかもしれませんが)、「コンピュータで作ったヴァイオリンならば、それも可能かも・・・」と理解した人は多かったようです。
 さて、具体的にはコンピュータで何を行ったのでしょうか?私のあくまでも想像の範囲ですが、コンピュータによって名器の音響的な研究(画期的な意味での)をしたとは思えません。もしもそのようなコンピュータによっての音響研究により、名器の音が解明され、そして応用できるのならば、その研究は世界的な大発見になるはずです。しかし、私はそのような大発見は聞いたことがありません。
 それではコンピュータによって何を行ったのでしょうか?それは名器の寸法を工作機械(これがコンピュータです)に覚えさせて、それを元に新作ヴァイオリンを作ったのだと考えられるのです。しかし、これは珍しいことでも何でもないのです。量産ヴァイオリン製作においては、このような3D工作機械(コンピュータ)を利用して木材を荒削り(ある程度までの製作)をしているところはありますし、またヴァイオリン以外の製造業においても、この技術は一般的です。当時としては、ヴァイオリン製造業において珍しかったことだけは事実ですが・・・。

コンピュータヴァイオリンに絶対的な優位性はあるか
 さて、コンピュータ(3D工作機械)によってもしも名器の形や厚みが完全に復元できるのでしたら、それはそれで意味はあるかもしれません(これで名器の音を再現することは原理的に不可能ですが)。しかし、木材工作において、3D工作機械のみで最終工程まで作業を行うということは不可能なのです()。また、名器の微細な箇所まで復元加工することも不可能です。従って、量産楽器製作においては、3D工作機械はあくまでも「荒削り(前製作)」にしか利用しません。あとは職人が仕上げるのです。これはコンピュータヴァイオリンにおいても同じはずです。従って、その仕上がり具合はコンピュータではなく、職人の腕にかかっていると言ってもよいでしょう。
 また、ヴァイオリンの音色は輪郭や厚みだけで決まるほど単純なものではありません。木材の品質、木材の経年変化、ニスの質や塗装技術、構造的な傷み具合、部品の品質など様々な要因が関わっています。これらは「コンピュータ」でどうにかなるものではないのです。

:3D工作機械ではルータビット(ドリルのように回転します)で木材を跳ね飛ばして削っていきます。このために、木材の質、木目方向によっては木材が欠けてしまうのです。またその切削面も、切れる刃物で削り取ったものとは異なり、明らかに荒いのです。また、木材は環境の変化で変形します。すると、例え表側を正確に削ったとしても、次の時点でそれが変形してしまっていては、裏を掘るときにその変形が原因で、部分的な欠陥が生じてしまいます。
 従って、木材の加工においては、3D工作機械はあくまでも荒削りとして用いられ、仕上げまでそれで行うということはしません。3D工作機械は、こと木工においては理想的な機械とは言えないのです。だから我々のような職人の生きる場が残されているわけです。

コンピュータヴァイオリンは良くないのか
 「コンピュータ」ということに関しては、私は100%までとは言いませんが、ほとんど意味がないと考えます。しかし、だからと言って、肝心な楽器の質に関しては話が別なのです。私が一貫して主張していますように、楽器はできあがったそのものが全てです。「コンピュータ」という言葉自体は、どうでもよいことなのですが、もしも結果的にそのヴァイオリンが素晴らしいものであれば、それはそれで良いことです。こればかりは、実物を目の前にしなければ、これ以上のことは言えません。
 「コンピュータヴァイオリン」という言葉に対しては、良い意味でも悪い意味でも偏見を持ってはいけません。大切なのは、出来上がった楽器そのものなのです。

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