マイスターのQ&A
ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
Q:ケースの形の特徴と、価格による性能の違いを教えてください。
A:高価な楽器や弓を持っている方でも、ケースのことには無頓着な場合が多いです。そして話題になったとしても、それは「軽さ(持ちやすさ)」の事ばかりです。しかしケースにはその他にも重要な役割がありますし、またそれは値段帯によってもケースの目的、特徴は変わってきます。
ヴァイオリン・ヴィオラのケース
形による分類
- 丸形(ダルマ型)
- このケースの特徴は、持ちやすさにあります。「軽く、省スペース」といのが魅力です。これはその他のデメリットを差し引いても、それでも大きなメリットとなります。ですから、例え多くのデメリットがあることを承知していても、高級楽器を丸形ケースに入れて持ち歩く演奏者(プロも含めて)はたくさんいます。
しかし楽器の立場からすると、このタイプのケースには限界がある事は確かです。
- 角形
- このケースの特徴は「安全性」です。角形ケースは丸形に比べて容積が大きい事はすでにご存じのことでしょう。そしてこの大きさ、重さのためにこのタイプのケースを敬遠している方も多いのではないでしょうか?しかし逆に考えると、これこそが角形ケースのメリットに繋がるのです。
ケースが大きいということは、ケースの中の空気の量が多いということです。「空気」というのは、とても重要な断熱材となります。ですから夏の炎天下でよく起きる楽器のトラブルが、角形ケースの方が起こりにくいのです(もちろん油断は禁物です)。
また、ケースの容積が大きいということは、もしもの衝突事故の時に、ケースが潰れる事によって楽器への悪影響が最小限で済むことでしょう。これらは丸形ケースではまねできないことです。ちなみにケースの強度は基本的に重さと比例しているので、軽いケースばかりを求めることは、安全性の面からいえば危険なことです。
その他のメリットとして、肩当ての収納スペースが確保されていることは、地味ですが重要なことです。丸形ケースでは肩当てを無理に収納しているために、渦巻きの部分を傷めている事が多いからです。
価格による分類
- 低価格品
- この価格帯には、製造コストの安い「丸形」が多いです。そしてこの価格帯のケースのメリットは当然「低価格」となります。
デメリットは多いです。例えば内装に貧弱な布しか張っていないために、楽器が優しく包まれません。このために、もしもの事故の時に楽器が保護されないというだけでなく、部分的にニスが傷んでしまうこともあります。ケースの材質も紙が使われることが多いです。この材質は湿気を吸いやすいこと、そして強度が弱いことが上げられます。
- 中級品
- このクラスになると、角形ケースが増えます。内装にはクッションが張られ、布地もニスに優しいものが使用されます。楽器の保護のことも、低価格品よりは考えられていますので、実用上はこのクラスを使えば問題ないでしょう。
現在、低価格品を使っている方も、できればこのクラスのケースを使うことをお勧めします。ただ、「上級品」を一度知ってしまうと、各部分に物足りなさや「甘さ」を感じてしまいます。
- 上級品
- これは8万円くらいから60万円くらいまで、値段は様々です。このクラスにもなると、楽器のことをよく考えて作られています。例えば、楽器の輪郭に沿って穴をくり抜いているために、楽器は全くガタガタしません(ヴィオラの場合には、特別注文で輪郭穴をくり抜く場合が多いです)。これはもしもの衝撃が加わったときに、その力が分散されて楽器に悪影響が与えられにくいということです。また、楽器全体を優しく包み込むために、ニスに部分的な力が加わりません。このためにニスに布の跡が付いてしまうというトラブルも起きにくくなります。これは布質が良いという理由にもよります。
材質には木材が使われる事が多いです。というのは、木材は非常に高性能な材質だからです。ある程度軽く、強度があり、防熱性がよく、そしてある程度の吸湿性もあるからです。楽器の保管というものを考えた場合、私は木材が最高のケース材料と考えています。また、その他にも、ケースの布地に丈夫なものが使われていたり、金具に丈夫なものが使われていたりと、非常によく考えて作られています。決して見かけだけの贅沢(装飾)品ではないのです。
欠点としては、価格が高くなってしまうことと、重さが、その他の材質(紙や化学材料)を使用したものと比べて若干重くなってしまうことでしょう。
チェロのケース
- ソフトケース
- チェロの場合には、最初にハードケースかソフトケースかの選択が必要になります。ソフトケースは運びやすさを最優先したケースです。チェロの場合には、その重さはヴァイオリン以上に深刻な問題ですから、このソフトケースの軽さは大変ありがたいものです。また値段の安さも、ソフトケースのメリットでしょう。
ソフトケースにも色々と種類がありますが、私は、クッション内蔵の布製(化学繊維)ソフトケースをお勧めします。クッション内蔵ビニール製のものは良くありません。というのは、この材質は夏には熱を吸いやすく、そして冬には寒さで縮んでしまって、駒を圧迫してしまうからです。クッションの入っていない布製ソフトケースは、論外です。
ソフトケースのデメリットは、衝撃に対する弱さです。しかし、ソフトケースを使っている方はこの事を十分承知して使用しているので、トラブルは意外と少ないものです。
- ハードケース
- ヴァイオリンの場合と同じように、チェロの場合にもケースの重量と楽器の保護性能は、大体比例します。そして楽器の保護を最優先した高級ケースほど、重くなる傾向にあるようです。
ヴァイオリンの場合には、重いといってもたかだかしれています。しかしチェロの場合には、重いケースを手で持ち歩くことは現実的でありません。従って、プロの演奏家のようによほど過酷な運搬をしない限り、私は軽量タイプのものでも仕方ないと思います。
先にも述べましたように、ハードケースといえども、軽量タイプのケースの強度は弱いので、過信は禁物です。特に、ケースを倒してしまう事故は、想像上に楽器に悪影響を与えます。ハードケースといえども、ソフトケースよりも少しはましくらいのつもりで注意するべきです。
ハードケースを使用している場合の事故としてもっとも多いのは、ケースの転倒による事故です。ケース自体が重いので、中に楽器を入れた状態で倒してしまうと想像以上の衝撃が加わってしまうのです。これは一般的なチェロのハードケースでは、チェロのネック部分だけで固定され、胴体はほとんど包み込まれていないという理由にもよるのです。これによって転倒時に、部分的に大きな力がかかってしまいます。
これが高級品のハードケースになると、ヴァイオリンの高級ケースと同じように内装とクッションがしっかりしています。従っていざというときの衝撃が分散されて楽器へのダメージが少なくなるわけです。
ハードケースでタイヤの付いているタイプがあります。あれはよほど平らな場所(空港とか)でない限りは役に立たないどころか、ものすごい振動を楽器に与えてしまいます。ですから意図的にこのタイプを買う必要はないでしょう。もちろん、ケース自体が良くてこのタイプを購入することもあります。その場合には、くれぐれもタイヤを転がす場所に注意しないと、ついついガタガタの道でも転がしてしまいがちです。
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