マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:f孔に見る表板の歪み

A:楽器の良し悪しは、「音色」はもちろんの事、「製作精度」そして楽器の「健康状態」が大切だということを、これまでにも何度も述べてきました。今回は、f孔に現れる表板の歪みについて書きましょう。

弦の張力と表板の歪み
 ヴァイオリン族の弦楽器には、過酷なほどの張力が掛かっています。そして多かれ少なかれ、この張力によって楽器の表板は歪んでしまうものですが、その歪み具合が大きい場合には音色的なトラブル、そして近い将来に起こりうる構造的な意味でのトラブルの可能性が極端に大きくなってしまいます。極端に表板が歪んでいる楽器は、「病んでいる」楽器といっても言い過ぎではないのです。そのくらい、表板の大きな歪みは深刻な問題です。
 この表板の歪みは何も古い楽器だけの話ではありません。出来上がったばかりの新作楽器でも、間違った製作をしている場合には、既にこの歪みの兆候が見えています。
駒の圧力に対する、魂柱とバスバーの働き
 魂柱とバスバーは、当然、音色的な働きも持っていますが、今は駒(弦)の圧力に耐えるための働きについての要素のみ述べてみましょう。
 初頭にも述べましたように、ヴァイオリン族の弦の張力は過酷なほどです。楽器の全質量に対しての張力の比率は、大ざっぱに計算してコンサートグランドピアノの2倍にもなるほどです。例えばヴァイオリンの場合には、約20kgもの弦による圧力を支える表板は、わずか厚さ3mm前後でしかないのです。これがチェロの場合になるとさらに過酷な状況になります。従って、表板の歪みは、ヴァイオリンよりもチェロにおいて深刻な問題なのです。
 さて、このような弦による圧力を、もしも表板だけで支えたとしたならば、表板はその圧力に耐えきれず直ぐに窪んでしまいます。すなわち楽器はすぐにダメになっつぃまうのです。そこで効果を発揮するのが魂柱とバスバーなのです。魂柱は表板のつっかえ棒として表板を下から支え、一方バスバーは「シュパヌング」という事前の張りをもたせることで、駒の圧力に対抗します。もう少し詳しく説明すると、バスバーの接着時に、駒の圧力とちょうど「逆向きの表板の歪み」になるように接着するわけです。これが「シュパヌング」であり、高度な製作技術です。この「逆歪み」によって、表板に駒が乗ったときに、ちょうど力が釣り合うわけです。
 逆に言えば、このような適切な製作がされていない新作楽器においては、完成時に既に不健康な歪みが生じてしまっています。また古い楽器でそのような不適切な製作がなされていない楽器の場合には、目も当てられないことが多いのです。
f孔に見る表板の歪み
 高度な意味で表板の歪みや不健康さを判別することは、専門技術者以外には不可能です。しかし歪みの一側面でしたら、f孔を見ただけである程度分かりますので、楽器の購入時などにはチェックポイントにしてはいかがでしょうか?
 さて、下図の両f孔の「直角の羽部分」に番号を振ってみました。この部分が上がっているか下がっているかで、表板のある程度の歪み具合は判別できるのです。
健康的な楽器の場合
 (1)は僅かに上がっているか、または「0」
 (2)は、はぼ「0」
 (3)は「0」が理想。微量上がっている場合もあるが、明らかに上がっていてはいけない。
 (4)は、ほぼ「0」
不健康な楽器の場合
 (1)が明らかに下がっている。
 (2)が明らかに上がっている。
 (3)が極端に飛び出ている。
 (4)が下がっている。

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