マイスターのQ&A ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
Q:最初に良くなる楽器は、そのうち鳴らなくなるという話を聞きましたが、本当ですか?
A:これはよく耳にする間違った情報です。結論からもうしますと、良い楽器とは最初から良い音がします。逆に言えば、「今は鳴らないけれど、そのうちに良い音に変わっていく・・」という言葉はごまかしにしか過ぎません。
ただし、先の質問の意味が全くのデタラメということではありません。いくつかの重要な意味を含んでいるのです。この意味が誤解されたり、または悪用されたりして、このご質問のような情報が飛び回ったのでしょう。
- 良い楽器とは
- 「良い楽器」の要素を大別すると、「製作技術(外見美)」と「音」に分けられるでしょう。そして「製作技術」が楽器の性能にいかに影響するかは、Q&Aコーナーの「楽器の性能」や「良い楽器は見て判るか?」を見てください。
さて次は「良い音」についてですが、「音色」については各人の好みがあるので一概には言えません。しかし、楽器(現代ヴァイオリン族の場合)としての基本的な音づくりの方針は、「張りのある音」、「音量の大きさ」、「バランスの良さ」、「発音特性の良さ」といってもよいと思います。これらの特性は、基本的には、楽器の経年変化によって豹変するものではないのです。誤解を恐れずに書くのならば、最初に音の悪い(音量、バランス、発音特性において)楽器が、時間が経つことでその音が大幅に変わることはない」のです。
例えばストラディヴァリウスを例にあげてみましょう。多くの方が、ストラディヴァリウスは300年経ったから良い音になったと思っているのですが、これは大きな誤解です。ストラディヴァリの楽器は、彼の生存中から最高の楽器としてもてはやされていたのです。もちろんそれは、今のストラディヴァリウスとは違った、いわゆる「新作の音」だったことでしょう(正確にはバロック楽器だったので、今の状態と簡単に比較はできません)。
現在のストラディヴァリの音色と、新作楽器としてのストラディヴァリウスの音色とでは明らかに音は違いますが、「楽器の本質」としては、当時も今も変わりなく「素晴らしい楽器なのです」。
- 時間と音質との変化
- 上では、「良い楽器は時が経っても良く、そして悪いものは時が経っても悪い」という内容のことを書きました。しかしこれは楽器の本質の話しです。細かな部分では、時間が経つことによって音質に変化は起こります。
木材は乾燥するなどして、その音響特性は変化します。また、楽器本体の機械的特性(傷み具合)も変わっていきます。このような変化によって、楽器の音質は、より雑音感の少ない澄んだ音になっていきます。また発音特性も良くなります(・・・もちろん、これらは良質楽器を、丁寧に使用した場合の話です)。ですから音の悪い楽器でも、若干弾きやすくなることはよくあります。しかしこれらの変化は、元々の楽器の基本性能の上に加味された変化です。ですから相対的には、楽器の基本性能に変化が起きたのではないので、これを混同しないようにしてください。
これとは別な意味ですが、長年その楽器を弾いているうちに、自分の感覚や演奏技法の方がその楽器に近づき、結果として「音がよくなった」と感じる場合もあるのです。
- 薄く作った楽器の変化
- 新作楽器の板+胴体の状態と、古い楽器のそれの状態が物理的に違うということはこれまでに何度も述べてきました。従いまして、新作楽器と古い楽器との音が同じはずがないのです。それどころか、同じであってはいけないのです。
しかし、演奏者の中には「新しい楽器で古い楽器の音を・・」という要望があります。これを実現するために、板厚の薄い楽器が作られることがよくあるのです。このような楽器は、一見発音特性が良く、そして音も雑音感のない素直な音がします。これを演奏者は「良く鳴る楽器」として受け止める場合もあるのです。しかしこのような薄く作られた楽器は、その構造的強度不足などから、時間が経つに連れてトラブルが起きてきます。そしてその音は、張りのない弱々しい音となってしまうわけです。
この経験が誤解されて、「最初に良く鳴る楽器は、後で鳴らなくなる」という情報になってしまったのでしょう。
- 楽器商、製作者の言い逃れ
- これは説明するまでもないでしょう。
本当でしたら、「今は鳴らないけれど、将来はよくなる」というような言い方ではなく、「現在の雑音感が、もう少し和らぐだろう(例)」など、もっと具体的な事を説明すべきだと思うのです。
- 楽器を選ぶ上で
- このように、楽器は、経年変化によって変化していくとはいえ、基本的な部分では最初の性能(特徴)を継承します。従って、性能の悪い楽器が良い楽器へと化けることは絶対に無いので、それだけは注意してください。
楽器を選ぶときにも、もしも音色が気に入らないのならば、その楽器を選ぶことを潔く諦めるべきです。将来、音色に変化があるとはいえ、その楽器のキャラクターを越えた変化はないからです。これは発音特性、音量感にも言えることです。
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