マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:楽器店によって毛替えの毛量に差がありますが、これによってどのような差が現れますか?

:「常識範囲」という条件付きですが、確かに各楽器店、工房において弓の毛量には差があります。もちろん、気前のよい工房は多めに、そしてケチな工房は少な目にということは決してありません。それぞれ理由があるのです。

弓の毛の量と、毛の張り具合
 毛替え作業においては、基本的には毛の量が少ないほど、それぞれの毛の張り(長さ)を同じように張りやすくなります。一方で、多くの毛を用いて毛替え作業を行う場合には、どうしても各毛の長さにバラツキが出やすくなってしまうのです。
 これは大げさな例をあげて考えてみると理解しやすいと思います。例えば2本の毛だけを張る場合、この2本の毛の長さを揃えることは簡単です。しかしこれが100本になると、それぞれの毛の長さを揃えることはとても難しくなってしまうのです。 このような意味から、少ない毛を使った毛替えでは各毛の張り(長さ)が揃いやすく、そして毛の量を多めにするとそれらのバランスが崩れやすくなってしまいます。これはもちろん、同一の技術者が作業した場合の話です。別な技術者での比較の場合、毛の量による差よりもそれぞれの技術的レベルによっての差の方が大きいと思います。

毛の張り(各毛のバランス)と音色

 上の図を見てください。オレンジ色の線が弓の毛と考えてください。誇張して描いていますが、左側が毛のバランスがとれている場合で、右側がバランスの崩れている場合です。右図のように毛のバランスが崩れていると、ある毛がせっかく弦を引っ張って振動させようとしても、その隣の毛が弦にまとわりついてしまいます。このような状態では、その音色は高倍音の出ない、モヤッとした音になってしまいます。
 従って、毛の量を多くしすぎた場合にはどうしても音に張りがなく、また発音(音の立ち上がり)も鈍くなりがちになってしまう傾向にあるのです。
毛が少ない場合の欠点
 上記では毛の量が多すぎた場合の欠点について書きました。しかし、少なければ良いというものでもありません。毛の量が少なすぎる場合には、毛がほんの数本切れただけでも実用の範囲から外れてしまうことになります。また毛を圧着した状態の毛の接地本数自体が少なければ、音は弱々しくしか発音できないでしょう。
毛替えの技術
 これまでは同じ技術者が、多めに毛を張った場合と少な目に毛を張った場合について考えてみました。そしてそれらによって、それぞれの特徴があるわけです。しかしそれらは毛の量だけにはよりません。「上手な技術者と下手な技術者」の毛替えによっても全く同じ原理によって差が現れます。
 上手な技術者は完璧とは言えないまでも、各毛の長さがきちんと揃えた(バランスの良い)毛替えを行います。しかし技術力のない毛替えでは、それぞれの毛の長さにむらがあるのです。これはまさに上図の左右の図に等しいのです。
 すなわち、高い技術力で毛替えされた弓は、シャープな音がし、そして発音もはっきりしています。しかし技術の低い毛替えでは、どうしても音がモヤッとしてしまうわけです。もちろんこの事柄は「毛の量」とはまた別な話ですから、更にこれに加えて「毛の量」の要因も加わってくるわけです。

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