マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:子供にヴァイオリンを正しく持たせるコツは何ですか?

A:初心者の子供がヴァイオリンのレッスンを始めるときに、まず最初にぶつかる壁が「ヴァイオリンを上手に持てない」ということです。そして力任せの無理な構え方をしてしまうと、その後の上達が見込めません。上達しないとはいいませんが、上達の効率が悪く、さらに演奏の各所に無理が生じてしまうのです。
 同様のことは大人にも当てはまりますが、今回は子供の分数楽器について書いてみましょう。

楽器をもつ理論こそが重要
 楽器を正しく構えるためには、楽器を持つ理論を頭で理解する必要があります。まずはQ&A No.181の「楽器の理論的なもち方」を読んでください。子供の楽器においても基本的な考え方は同じです。もちろん、小さな子供が頭で理解することは不可能なので、教える側がこの理論を理解することが重要なのです。
楽器が正しくセッティングされているか
 分数楽器は、一見フルサイズの楽器を単に小さくしただけのように思われるかもしれませんが、とても複雑な要因を含んでいます。例えば、楽器の大きさと、アゴ当てや肩当ての部品の大きさとの比率、または子供の頭の大きさの比率などです。また子供の肩幅や、胸の厚みなど、大人のそれとは全く違うと言ってもよいのです。
 本来ならば、そのような複雑な要因を高度な技術と的確な理論によって解決しなければならないのですが、それが理解できている技術者・ヴァイオリンの先生は少なく、さらにやっかいなのは、親も「子供の楽器は安いので、調整代金もそれに比例して安い」と思っている人がほとんどとなのです。これではまともな調整、さらにいえば効率的な教育は行えません。子供の分数楽器は、本体価格は安くても、調整は大人と同じレベルで行わなければなりません。調整代金もそれなりにかかります。
分数楽器のアゴ当て
 Q&A No.181の「楽器の理論的なもち方」に書かれていますように、楽器は力任せに持ち上げるのではなく、テコの原理で持ち上げるものです。まずは必ず、手で持ってその理論を確認してみてください。しつこいようですが、実際に楽器を構えるのではなく、手で持って確認することが重要です。

 このように、楽器を理論的に構えるためには「アゴ当ての引っかかり部分」が必要なのです。しかし多くの分数用アゴ当ての場合には、フルサイズの楽器の縮小版で作られているためにアゴ当てのサイズが小さく、引っかかり部分もフラット気味なのです。もしかすると、力任せに間違って持とうとする小さな子供が、アゴが痛がらないようにフラット気味のアゴ当てが多いのかもしれません。

 いずれにせよ、小さくそしてフラット気味のアゴ当てでは、アゴが引っかかりにくいので、理論的な持ち方をすることは困難です。分数楽器の調整においては、まずはこの辺りをきちんとすることが重要なのです。本来ならば、きちんとした分数専用のアゴ当てを装着するのが良いのですが、そのような都合の良いアゴ当てはほとんど見かけません。そこで、次の写真ように、スポンジで「引っかかり部分」を作るだけで、ぐっと持ちやすくなるのです。

 上の写真は固めのウレタンスポンジをアゴ当てに貼り付けた後に、ルーターにて形成したものです。この方法は専門の工作機械を使いますので、一般の方には見た目以上に難しい作業です。そこで今回は次の方法を試してみました。


 上写真はアゴ当てに貼り付けるスポンジ(裏面がシールになっている)「Soft-pro」を細く切り、それで「アゴの引っかかり」を作ったものです。この製品は上記のウレタンスポンジよりもかなり柔らかなので、最初は役に立つのか心配だったのですが、アゴに優しく、しかしきちんと引っかかりがあるのです。簡単な作業ですから、皆さんも試してみてください。
 もしも上記の製品が手に入らない場合には、東急ハンズなどで似たような柔らかめのスポンジ材を購入して貼り付ければ良いでしょう。この加工作業のポイントは、上写真のように細目に切って貼るということです。大きな面積に貼ってはいけません。音も悪くなります。

肩当ての問題
 分数楽器においては、肩当てもいい加減であることがほとんどです。ヴァイオリンの先生の中には、「子供は首が短いから、肩当てはいらない」という人さえもいるくらいです。これはとんでもない誤解です。昔は効率の良い肩当てが無かったので、肩当てを使わない(または座布団程度の肩当てを使った)教育法が一般的だったのです。しかし「楽器を持つ理論」においては、肩当てを正しく使うことは実に効率的なのです。楽器をうまく保持できない子供こそ、肩当てを使うべきなのです。
 しかし、いい加減な肩当てを使ってしまっては悪影響にしかなりません。正しいサイズの肩当てを(楽器が1/4だからといって、1/4サイズの物を購入すればよいという単純なものではありません)、正しくセッティングして装着することが大事です。もちろん、この時に「正しいアゴ当て」が併用されていることが一番大切なことです。分数サイズの楽器の大きさは様々なので、肩当ての選び方、若干の加工、正しい装着方法はこの場では説明しきれませんので、信頼できる技術者のアドバイスをもらって、きちんと購入すべきです。
最後に
 子供というのは、とても順応力があります。間違った(非効率的な)教え方をしていても、それなりに吸収してしまうのです。
 重要なのは「調整の理論、そして技術的な裏付け」です。しかし、子供の楽器本体に関して(楽器の価格に関して)は意識の高い人でも、その調整に関しては意識が低いことが多いのです。子供用の分数楽器は、ある意味大人用の高価な楽器以上に調整が難しいのです。従って、皆さんも、高い意識をもって調整に出すべきです。そうすることによって、子供はより効率的に学ぶことができるのです。

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