マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗


:楽器の値段は材料の質によって決まると聞いたことがあるのですが、その程度で本当にあのような大きな価格差がでるものでしょうか?そして、値段差ほどの効果があるのでしょうか?


:ご質問の通り、楽器の価格は使用する材料の質によって大きく異なります。しかし、それだけによって価格が設定されるわけではありません。材料の「質」を述べる前に、まずはそれ以外の要素のついて説明します。

 この価格設定方法は、ドイツの法律によって定められているものです。残念ながら、日本においてはヴァイオリンの価格設定に決まりはありませんので、中には理論的価格設定ではなく、芸術品と勘違いしたような感情的な価格設定も見受けられます。しかし国際的常識がもはや日本においても常識となりつつある現在では、このようなことも少なくなっていくことでしょう。特に、きちんとした技術の製作者ほど、国際的な感覚を持って製作しているので、変な価格設定をしているということはまずありませので心配はいりません。


弦楽器の価格設定

1.原材料費
 材料の種類としては「合板」、「プレス材」から良質木材まで様々です。また、同じような木材でも、輸入先が違えば材質は異なりますし、また乾燥のさせ方によっても価格は大きく異なってきます。例えば良質木材を20〜30年間も自然乾燥させたコストと、安価な木材を数年間だけ乾燥させたコストとではものすごく差があるのです。
2.作業時間
 ヴァイオリンの価格のほとんどは、この部分です。すなわち、「作業時間×時給」なのです。もちろん「時給」はある程度常識的な値がありますから、ヴァイオリンの価格もある程度一定でなければおかしいというわけです。
3.利益+危険手当増加分
これは専門的な内容なので、省略します。値は法律によって決められています。
4.工房維持費
 これは工房を維持するための経費などです。もちろん細かな内容は法律によって決められています。この箇所の特徴的なことは、工房の立地条件によって値が変わってくることなのです。すなわち、大都市と田舎の工房によって、同じ品質のヴァイオリンを作った場合には、大都市の工房で作ったヴァイオリンの方が若干高くなります。ただし、ヴァイオリンの価格設定は、「原材料費」と「作業時間(時給)」でほとんど決まるので、この箇所はあまり意識する必要はないでしょう。
5.税金
ドイツの場合では15%の消費税が付きます。
6.値引き
 驚かれるかもしれませんが、ドイツの場合にはかってな値引きは法律違反です。値引きをする場合には、法律に沿ったものでなければならないのです。例えば、ヴァイオリンの場合には、「即支払い」によって2〜3%の値引きがよくあります。
 一方日本では、値引きが当たり前とさえいえます。しかしこのような風潮は危険です。生産コスト削減可能な工場製品ならばいざ知らず、一本一本手で作る手工芸楽器においても、最初に必要以上の価格設定をしておいて、売るときに大きな値引きをするという事がまかり通っています(その方がお客さんが喜ぶのです)。
 本来ならば、楽器の質と性能とは比例しなければならないはずなのに、このような表面的な価格操作は、弦楽器市場、そしてユーザーの知識を混乱させてしまうでしょう。ですからユーザーの皆様も、表面的価格操作ではなく、楽器そのものの質を見極めてください。

 これらを理論的に計算したものが、ヴァイオリンの価格となります。もちろんこれはヴァイオリンだけの話ではなく、全ての手工芸品(工場生産品のことについては勉強していないので知りません)に当てはまります。
 良い楽器を見極めるためには、「価格」の本質についても知ることが大切と思い、このようなことを書きました。このようなことを理解して初めて、「材料の質と楽器の価格」について冷静に考えることができるのです。


材料の質
 材料には色々種類がありますが、ここでは木材について述べます。先ほども少し書きましたが、木材には「合板」、「プレス材」から良質木材まで様々な種類があります。例えば、プレス材とは、薄い板を熱によってヴァイオリンの隆起状に湾曲させるのです。この方法を使えば、むくの木材を削り出す場合と比べると1/5程の材料で済みます。しかしこの欠点は、板の強度が弱くなるので良い音が出せないということと、使用している間に湾曲(表、裏板の盛り上がり)が戻ってしまうという事が上げられます。
 むくの木材でも、材料のグレードや輸入元によっても大きく値段は違ってきます。一般のユーザーは、裏板の虎杢模様が綺麗なものほど良い材料と思っていますが、そう簡単なものではありません。というのは、立派な虎杢模様の板というだけならば、比較的簡単に手に入るからです(安いのに比較的見栄えの良い楽器には、このグレードの木材が使用されています)。大切なのは木材の堅さ、木目(虎杢模様ではありません)の通り具合、木材の均質さ・・・・などです。ですから、とても良心的に作られた手工芸楽器が、見た目にはパッとしないということもよくあるのです。
乾燥作業
 乾燥も重要なポイントです。もしも適切な乾燥を行わないで楽器を作ったら、木材の収縮によって楽器は変形して、すぐに壊れてしまいます。ですから乾燥作業は非常に大切なのです。
 木材の人工乾燥作業は色々な研究がなされ、以前よりも良くなったとはいえ、自然乾燥に勝るものはありません。というのは、人工乾燥はどうしても木材の表面を急激に乾燥させてしまうからなのです。また、楽器に使用する木材は、単に木材内部の含水率を減らせば良いというものではなく、それに伴ったセルロースの結晶化も必要です。このような様々な要因から、手工芸楽器にとって木材の自然乾燥は不可欠になります。
 木材を自然乾燥する場合、その保管にはものすごい費用がかかってしまいます。従って、5年乾燥と30年乾燥では、その価格も大きく異なってくるのも当然です。まして、良質な木材ほど良質な乾燥作業を多く続けます。こうすると、低いグレードの原材料費と、最上グレードの原材料費がものすごく違ってくるというのも理解していただけることでしょう。
木材の使用方法
 木材を購入した場合に、木目が理想的な向きに通っている事はほとんどありません。しかし木目に合わせて材料を製材し直すと、その材料の使える部分は小さくなってしまうのです(使えなくなってしまうことも多いです)。このような意味から、中〜低グレードでは、木目の向きを意識した作りはしません。
 木目の向きを一々合わせることは地味でお金のかかる作業です。そして出来上がった楽器を見ただけではその作業は一般のユーザーには分からないでしょう。しかしこのような作業によって、楽器が収縮したときに(多かれ少なかれ、楽器は収縮します)ねじれが生じないのです。これが楽器のトラブルを防ぎます。また木目が真っ直ぐに通っていることによって、より強い構造が得られるのです。

 このような些細な努力が総合されて、楽器の大きな価格差になるわけです。しかし、この価格差が、はたしてそれだけの意味のあることなのか。それが興味あることと思います。
 答えからもうしますと、「徐々に、そして確実に現れます」というものです。良質楽器とは、時間がたつほどにトラブルが起きにくいように作られているのです。このことについては、「Q&A楽器の性能とは?」を読んでください。

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