マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:インターネットオークションなどで楽器を購入しても良いもでしょうか?

A:このような質問は、インターネットの普及と共に日に日に多くなっています。しかし正直言いまして、このような都合の良い質問はないと思います。ご自身が自信を持って良いと思えば全責任を自分が負って購入すれば良いし、少しでも不安があるのでしたら購入すべきではないのです。
 ただし、インターネットオークションで購入することのデメリットさえ知らないような初心者的判断基準レベルでの方も多いと思いますので、あくまでも私の意見ですが書いてみましょう。

弦楽器と家電などの工場品との違い
 私はなにもインターネットオークションや通信販売、個人売買、個人輸入を頭から否定するつもりはありません。例えばその商品が家電製品などでしたら、製品の品番(製品名)、使用年数、売値などを見るとある程度の性能、お買い得度は判別できます。またその製品の現時点での実性能も、一般の家電製品の劣化度合と同程度なので、たとえ現物を見なくてもある程度の予測が付くことでしょう。
 このような製品をインターネットオークションや雑誌上での個人売買、通信販売、個人輸入などで購入することを私は決して悪いとは思いません。特に地方の方で、近くに店がない人の場合には心強い味方でしょう。もちろんきちんとした店から購入した方がより良いには決まっていますが。
 しかしこれが楽器、特に弦楽器になると話しは全く違ってきます。弦楽器とはその構造上、触らないでそっと置いておくだけで壊れてしまうような繊細な楽器です。まして、楽器の性能もピンからキリまで。その上にさらに複雑なのは、購入時に高価格なものが性能が高い楽器とは言えないということです。たとえ鑑定書が付いていても、それが楽器の実性能を示しているわけではありません。ましてその鑑定書自体の真偽のトラブルも良く聞く話です。さらに、その楽器が不健康な楽器の場合も多いのです。これは深刻な問題です。
個人売買の盲点
 インターネットオークションや雑誌などでの個人売買の特徴として、「素人間の売買」という事が挙げられます。これはプロの業者が仲介しないために、良心的な価格で売買できるという良い意味を持っています。それが個人間売買の理想ではあります。しかしそうでない、全く逆のことも多いのです。
 さて、個人間売買のデメリットは、購入する側も楽器の素人(例え、演奏には腕に覚えがあっても)というだけでなく、売る側も素人ということなのです。これは盲点です。すなわち、売る側が自分の楽器の品質、本来の価格(購入した価格とは違います)、健康状態を知らずに、悪意無く、非常識的な価格や宣伝文句で楽器を紹介してしまっていることが多いのです。実際に、致命的な損傷を受けている楽器や、そこまでではなくても深刻な状態の楽器がどうどうと売買されていることは多く見受けることです。
 事実少し前にも、インターネットオークションで「響板に割れ(修理済み)がある楽器」を購入した人がいました。もちろんその割れがあるのを知っての購入です。しかしその割れは、魂柱の立つ位置の致命的な部分にあり、さらに修理がいい加減だったために響板が大きく変形していた楽器でした。これでは製品としては限界に来ています。その楽器の状態がどの程度のものなのか、売る側も、買う側も、素人故に分からなかったわけです。そうして売買された楽器は、後日トラブルの元になってしまうのです。

 また良くあることですが、楽器の所有者は自分の楽器の価格を購入価格ではなく、業者の仮値で理解していることが多いのです。例えば、「この楽器は本当は100万(何の根拠のない価格です)ですが、今回は特別50万円でお売りしますよ」といった経由で購入していた場合、本当ならばその楽器は50万円の楽器なのに、購入者は「100万円の楽器」と思いたいのです。それが個人売買の時にも、「100万円の楽器を・・・」となってしまうのです。
 このような事例が多いのは悪意のある人が売っているというのではなく(中には確信犯的な人もいるでしょうが)、売る側も自分の楽器に対して無知なだけなのです。
楽器を触ることができない
 何度も言いますように、楽器は家電製品などと違って、品質に大きなバラツキがあります。例え、品質のバラツキが少ないといわれる新品の量産楽器であっても、天然の木材を使っていますから各個体間でバラツキがありますし、さらにその楽器をセッティングした楽器店の技術力によって、その楽器の性能は全く違ってさえしまうのです。
 これがまして中古品の場合にはどうでしょうか?きちんとした手入れや、必要な修理はされている物でしょうか?ましてもっと古い楽器の場合には、その楽器の性能や健康状態をどうやって知れというのでしょうか?
 楽器を判断するためには、自分で直接見て、触って、弾いて、そして信頼できる専門家(できれば技術者)にその楽器について説明してもらわなければなりません。近い将来、どのくらいの修理が必要かということも説明してもらうべきです。そして自分が納得できなければなりません。
 これをどうやってインターネットオークションや、雑誌の個人売買、通信販売、個人輸入などで行うことができるというのでしょうか?
楽器店で購入すると割高?
 「楽器店から楽器を購入すると割高になるから自分で購入した」ということをいう人がいます。しかし、楽器店で購入するとある程度割高になるのは当然です。楽器店はそれで食べているのですから。
 大切なのは、多少割高になってでも、信頼できる楽器店で納得して購入するということなのです。楽器の「良質な仕入れ」、仕入れた楽器の「高度な修理・調整」、「購入後のメンテナンスの宛て」、そして何よりもその楽器に対する「信頼度(自分への納得度)」がその「割高」には含まれているのです。
 「適切な仕入れ、販売」、「高度な技術」、「的確な説明」の技術は非常に高度なものが要求され、そのためにはお金もかかるのです。特に「説明」は物ではないので、金銭的価値として評価されていないというのが現状です。多くの人は単なる無料サービスと思っているのです。しかし、良い楽器店とは責任を持ってこれらを売っているのです。このような技術のある楽器店で、もしも納得できて購入できるのでしたら本当に割高でしょうか?そのどちらが得なのかは、皆さんが判断することです。高価な物ですから、目先の安さにとらわれないでほしいのです。

 また、これと全く逆のことも言えます。信頼の無い楽器店で購入するということは、インターネットオークションで購入するくらいの中身の薄い購入だと思ってください。

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