マイスターのQ&A
ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
Q:試奏時の環境
A:楽器店などで楽器を選ぶ上での注意点はこれまでにも書いてきましたので、今回は「試奏環境」面での注意点を書いてみましょう。
楽器を選ぶ上で重要となるのが「音色」であることは間違いありませんが、しかし楽器同士の弾き比べ、または楽器の音色の評価をするときには「試奏環境」を考慮しなければ、とんでもない勘違いをするおそれがあるのです。
- 「環境」とは
- 音色とは、楽器の持つ本来のキャラクター(楽器の性能)だけで決まるわけではありません。弓の性能によっても音は変わりますし、弦の種類、肩当ての種類、試奏部屋の音響特性など様々な二次的要素が加わったものが「音色」です。従って、これらの影響を適切に頭の中で補正して楽器を考慮しないと、購入していざ家に持ち帰ったときに、「こんな音のはずではなかったのに・・・」となってしまいます。これはよくある話なのです。
- 弦の種類
- 例えば二つの楽器を弾き比べるときに、片方にガット弦が張っていて、片方にナイロンガットが張っている場合には、当然弦の種類による音色の差が出ているはずです。従って、楽器から出ている音色を単純に評価するのではなく、「この楽器にナイロンガットが張っていれば、こんな音のはず・・・」と、仮想的ではありますが、同一条件での比較にしなければ意味がありません。
ちなみに、楽器店で張っているその弦が、その楽器にとってベストというわけではありません。けっこういい加減な選択で張っている場合が多いからです。また、高級感を持たせるために、意味もなくガット弦を張って店に並べることも多いようです。従って、張っている弦を客観的に「評価対象外」にしなければ、その楽器の適切な評価はできません。
- 弓の性能
- 試奏する弓の性能によっても音は違います。性能の低い弓では楽器の性能を出し切ることができず、楽器の評価基準がぼやけてしまうこともあるのです。また、慣れていない弓では試奏自体に複雑な要因を持ち込むことになってしまいます。
一番無難なのは、自分の使い慣れている弓を持っていくことでしょう。しかし、自分の弓の性能があまり高くない場合には、楽器店のより性能の高い弓を貸してもらってもよいかもしれません。当然、同一弓で試奏すべきです。
- 部屋の環境
- 楽器店に行き、たくさんの楽器を目の前にしてしまうと、ついつい冷静さを失ってしまうものです。しかし、そこで少しだけでも「客観性」を持つだけで、楽器の選び方はずいぶんと適切なものになるのです。
多くの方が無頓着なのは、試奏部屋の音響特性を把握しないということです。楽器は弾く部屋によって音が全く異なりますので、それを楽器そのものの音と勘違いすると、先に述べましたように家に帰ってから幻滅することさえあります。
試奏部屋の音響特性を考えるときには、次の要因に注意してください。
- 部屋の大きさ
- 大きな部屋では艶のある自然な音色になります。一方、小さな部屋では反響音が直接耳に返ってきますので、どうしても耳障りな音になりやすいです。
- 壁の種類
- 壁の種類によっても音の響き具合は大きく異なります。壁がコンクリートや板壁の場合、楽器から出た音は直接反響するので、楽器の音はどうしても雑音感のある音色になります。これは特に部屋が小さいときにそう感じることでしょう。従って、このような場所で試奏した楽器の場合には、少々耳障りな音色の方が良いと考えるべきなのです。
一方、壁が奥行きの深い棚(特に本棚)等で埋められていると、反響はずいぶんと小さくなります。
- 床の種類
- 意外な盲点は「床」です。ここにカーペットがあるかないかで、音の質はずいぶんと変わってくるからです。普通楽器を演奏する場合、カーペットの弾いている所で演奏することはほとんど無いでしょう。従って、カーペットの敷いている試奏部屋での音色は、「カーペットの効果」を補正して評価しないといけません。
- 周囲の騒音
- 例えば「弦楽器フェア」等では、周囲の雑音(他人の試奏音)はかなりのものです。このような場所で楽器を弾いた場合、音が甲高い(刺激的な)ほど好印象を持つのです。しかし、それを静かな場所に持ち帰ると、大体の場合には耳障りに感じてしまうものです。この様な雑音のある場所での試奏の場合には、「少々物足りないかな?」という程度の方がよいかもしれません。
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