マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:新素材で作られたヴァイオリンはどうですか?

A:このような質問は、これまでにも何度もうけたことがあります。つい最近では、「セラミックで作られたヴァイオリン」についての質問がありました。この他にもプラスティック、カーボンファイバーなどの素材で作られたヴァイオリンも実際に存在します。これらで作られたヴァイオリンの音はどうなのでしょうか?これを考えるためには、「良いヴァイオリンの音」について考えてみる必要があります。

良いヴァイオリンの音とは
 まず、いきなり命題です。「ヴァイオリン以上の音をシンセサイザーで作り出したら、その楽器はヴァイオリンと置き換わるでしょうか?」 さて、この命題はヴァイオリンという楽器を考える上でとても重要です。もちろんこの命題には皮肉も込められています。それは「ヴァイオリンを越えた音をヴァイオリン以外が出すことは不可能」ということと、「良い音の実体の無さ」に関してです。
 例えば、多くの音響学者の研究や、またはアマチュア研究者の研究において、「良いヴァイオリン」、「良い音」という言葉が安易に使われています。しかし、それ自体が不明確なものなのです。それらの研究においての「良い音」とは、せいぜい、数本の名器といわれる楽器(その実力も様々です)の音響特性を手本にしただけのものです。
 このように、ヴァイオリン以外でヴァイオリンの音を作ったとしても、それはヴァイオリンでは無くなってしまうのです。これは「俳句」と似たところがあります。すなわち、俳句とは「五・七・五」の中での表現を遊ぶものであって、むやみに表現力を増そうとして100語もの言葉を並び立ててしまっては、俳句ではなくなってしまいます。ヴァイオリンのこれに近いものがあります。
 すなわち、むやみに新素材を利用してヴァイオリンの形をしたものを作ったとしても、それは「ヴァイオリン」では無くなってしまうのです。
ヴァイオリンに進歩はないのか?
 さて、前記のような「保守的な考え方」からすると、ヴァイオリンはいっこうに進歩しません。しかしこれは間違いです。歴史を見ても、ヴァイオリンが時代と共に変化していることは明らかです。従って、ヴァイオリンという楽器に新素材を利用することが全く無理なのかといえばそうではありませんが、「急激な変化は誰からも相手にされない」からです。
 大げさな例ですが、例えヴァイオリンと全く同じ音をシンセサイザーで出せたとしても、それでヴァイオリン協奏曲のコンサートが開催されることはありませんし(興味本位の演奏会は別です)、また、新素材で作られたヴァイオリンと従来のヴァイオリンが同じ音だったとしたら、演奏者は確実に従来のヴァイオリンを利用します。
 演奏者は新素材で作られた楽器が、従来のヴァイオリン以上であるというメリットがなければ決して利用はしないでしょう。そして一方で、ヴァイオリン以外の楽器がヴァイオリン以上のものを生み出すことはあり得ないのです。
新素材が利用されるとしたら
 新素材がヴァイオリンに利用される可能性は2つあります。1つめは製造コスト的な問題です。例えば、将来、ヴァイオリン用の木材が希少となった場合には、仕方無しに低価格帯の楽器には新素材が用いられるかもしれません。事実、現在においても低価格帯の楽器は合板(新素材ではありませんが、「新木材」といえるでしょう)で作られていますし、またアゴ当てなどの部品もプラスティック等が利用されています。これは音響的な問題ではなく、コスト的な問題です。
 次に考えられるのは、ヴァイオリンという楽器が徐々に変化するのと共に、新素材が徐々に利用されているこということです。事実、弦の素材は200年前からすると遙かに「新素材」で、そしてその音の価値観も大きく変わっています。このように、ヴァイオリンに求められる音の価値観が徐々に変化していくことによって、自然と新素材も利用されていくのかもしれません。しかし、あくまでも「急激な変化」は受け入れられないでしょう。
新素材の欠点
 さて、この他にも新素材を利用する事によるデメリットがあります。それは「修理が利かない」ということと、時間に対しての新素材自体の音響性能の向上が期待できないということです(この内容に関しましては、当HPの別の箇所に書いていますので、詳しくはそちらをご覧ください)。この意味から、私は新素材だけで作られたヴァイオリンは、新品の時には良い音でも次第に音がへたってしまうと考えます。すなわち、使い捨ての楽器になってしまうのです。
 新素材で作ったヴァイオリンを否定だけするつもりはありませんが、現状においては「メリットがあまりにも少ない」と感じます。

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