マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:楽器のニスの色で、音の特徴はあるのですか?


:楽器のニスの色は様々です。大きく分類すると、「赤色」、「黄色」、「茶色」と分けることができるでしょう。そして、これらの色に濃淡のバリエーションが加わります。
 さて、ご質問の「色と楽器の音色」との関係ですが、基本的には関係ないといってもよいかと思います。ニスで音に大きく影響する要因は、色成分(染料)ではなく、樹脂成分だからです。

ニスの成分
 上でも述べましたように、ニスの成分を大きく分けると、色成分と樹脂成分に分けることができます。この色成分とは染料や顔料などのことです。一般に、弦楽器に使用するニスには、天然樹脂や化学染料(アニリン染料)などから作られる「染料」が用いられることがほとんどですが、場合によっては顔料を強制的にニスに混ぜることもあります。
 これらの染料によってニスの色は異なるのです。しかし染料の割合は、ニスの分量からするとほんの僅かなのです。ほとんどは主成分である「樹脂」から成り立っています。従って、染料の種類によって、ニスの、すなわち音色のキャラクターが大きく変わるとは考えられません。
色の退色
 ほとんどの方は意識したことがなかったことと思いますが、ニスの色も退色していきます。これは特に紫外線の影響が大きいと考えられます。例えば、ある人は自分のヴァイオリンをガラスケースにて大切に保管していました。しかし、自分が気づかない内に(徐々変化は起きるので、本人はなかなか気づかないものです)日の当たる側だけが退色していたのです。もちろん、直射日光が当たるような場所ではありません。
 このように、多かれ少なかれ、ニスの色は退色していきます。
新作・古い楽器に見るニスの色
 さて、上ではニスの退色について書きました。このような意味から、新作楽器のニスの色は、退色の事も考慮に入れて濃い色に塗られていることがほとんどです。退色する色は、特に赤系で激しいので、新作楽器では赤色の強いものが多く見られるのです。
 逆に、古い楽器では黄色っぽい色のものが多いです。これは赤系の色が飛んでしまったためと、ニスが摩耗してしまって、ニスの層自体が薄くなってしまっているためです。ニスは薄い層になると、黄色っぽく見えるのです(たとえ赤色のニスでも)。
 また、中級品の古い楽器に多い「濃い茶色」については、元々の色と考えられます。これらの楽器の場合、量産楽器がほとんどで、古色を出して雰囲気を出そうという意味で濃い茶色が塗られました。しかし後年、このような楽器の色は、楽器の質感を著しく損なってしまっているのです。

 余談になりますが、「チロル楽器は濃い茶色の色」と、知ったかぶりをしている人が多いのですが、そう単純なものではありません。その証拠に、ストラディヴァリと並んで素晴らしいとされるシュタイナー(私の個人的な感想では、製作の質は、シュタイナーの方が上と感じます)などの一級品の楽器のニスは、透明で綺麗な黄色です。
天然染料と化学染料
 弦楽器製作者、そして演奏者の中には、「天然もの」にこだわる人が多くいます。例えば「機械を使わない、手作りの楽器」、「天然樹脂だけを使ったニス」・・・。このような本質的でないことにこだわる人がいかに多いことか。大切なのは、できあがった楽器そのものなのです。
 例えば、楽器を作るときに機械を使って何が悪いのでしょうか?大木を切り倒すときに、斧で切り倒している人が今の時代に何人いるでしょう?私自身も、各所で機械を利用しています。
 大切なのは、最高の楽器を製作する上で、どのような方法で行ったら良いものができるかどうかなのです。機械で作った方が良い部分はそれでいいし、手で作った方が良い部分は、そうすればよいのです。すなわち、できあがった楽器の質が全てです。
 現在における木工技術では、技術のある職人の精密作業に勝る機械はありません。従って、結果的に「手作り」となるのです。例えば将来、私の技術を上回り、そして値段の安い機械が登場したのなら、レーザー光線であろうが原子力エネルギーであろうが、私は迷わずそれを利用します。

 さて、話が大きく逸れてしまいました。ニスでも同じような意味から、単純に「天然」、「化学」等と言って偏見を持ってはいけないと思うのです。良いものを理論的に利用することが大切です。そこで天然染料と化学染料を理性的に見つめてみましょう。

 天然染料の特徴は、その非純粋さといっても言い過ぎではありません。同じ銘柄の染料・樹脂でも産地が違うと特徴が大きく異なります。それどころか、同じ産地のものでもばらつきが多いのです。これはすなわち、含有物のばらつきを表しています。この「非純粋さ」こそが天然物の命です。
 例えば、赤色の天然染料のことを考えてみましょう。この中には良くも悪くも沢山の色の要素が含まれています。そしてそれらの一つ一つの要素が異なる経年変化を見せるのです。あるものは大きく変色することでしょう。しかし、平均すると、極端に色が退色してしまうといった事は起こりにくいのです。また、色の成分が多いので、色に深みが出ます。これは単純に黒色の絵の具を使って描くよりも、幾つかの色を混ぜ合わせて黒色を作った方が色に深みが出るのと同じ理由です。

 一方、化学染料は純粋です。従って、使用するときにはついつい単純な色を利用してしまうのです。従って、初期の段階では綺麗な色のニスでも、年数が経つにつれて急激に退色してしまったり、または色質が安っぽくなったりすることも考えられます。しかし、これは化学染料の責任ではないのです。使う側の技術力の問題です。

 私は、「天然物がよい」とか「化学物がよい」とか、そのような低レベルの話をするつもりはありません。大切なのは、何度も言っているように、「適材適所」なのです。そのためには当然、高度な技術、理論的な考え方、豊富な経験が欠かせません。

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