マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:演奏後の楽器の「手入れ」はどうやったらよいのでしょうか?

:楽器の「手入れ」や「取り扱い」には注意すべきポイントはたくさんありますが、ここでは楽器をケースに入れる前の簡単な取り扱い方を書きましょう。

クリーニング液の注意
 楽器を弾いていると、どうしても松ヤニが飛び散ってしまいます。ですから、演奏が終わって、楽器をケースに入れる前に、ほんの簡単な掃除をするだけでも、長い目で見ると楽器の傷み具合はずいぶんと違うのです。

 「クリーニング」というと、どうしても専用のクリーニング液などを考えてしまうかもしれません。そしてその種類もたくさんあります。これらの市販クリーニング液は、素人が扱っても楽器に影響を与えにくいように、弱く調合されています。しかし、注意が必要なのです。なぜならば、クリーニング液には多かれ少なかれ、「溶剤」、「磨き粉(コンパウンド)」、「つや出し油」が入っています。従いまして、使いすぎるとどうしてもニスが薄くなってしまうのです。クリーニング液を使っている方は、どうしても潔癖性になってしまい、楽器がピカピカしていないと気がすまなくなってしまう方も多いのです。このような場合、クリーニング液を使い過ぎている危険性があります。
 また、楽器のニスととクリーニング液との相性によっては、ニスを溶かしてしまう場合もあるのです。これは一番危険なトラブルです。このような場合、経験や技術のある我々技術者ならば、その相性の悪さをすぐに見抜き、そしてきちんとした対応がとれます。しかし専門知識の無い方だと、どうしても影響が大きくなるまで気付かないものなのです。また、気付いたときの正しい処置が行えずに、さらに悪化させてしまいがちです。このようなクリーニング液による大きなトラブルは、何度か見たことがあります。
 第3のトラブルは、クリーニング液の中に含まれる磨き粉成分が、楽器の傷の中や、隅に溜まってしまうことです。これは下写真のように白い粉のように見えることが多いです。このようなコンパウンドが隅に残った状態の上に、修理などでニスを重ねてしまうと、楽器のニスはとても汚くなってしまうのです。

 市販クリーニング液には、このような危険性が含まれています。ですから、クリーニング液を使うときには、とにかく「最低限の使用」を心がけるべきでしょう。
 私は、クリーニング液はできるだけ使わずに、きれいな布で拭き取るだけが一番良い方法だと思います。もちろんこの方法では、長い間には、松ヤニが付着してしまいますが、そのときにはきちんとした技術者にきれいにしてもらえばよいのです。きちんとした技術者ならば、修理などの時に、何も言わなくても(必要と思えば)楽器の掃除はするものです。

楽器を拭く布・方法
 ずいぶんと多くの方は、シリコンクロス(メガネのレンズを拭くような布)のような布で楽器を拭いているようです。これは、楽器店で販売しているので、そのような布が楽器のために一番よいと思っているからでしょう。しかし、驚くかもしれませんが、私はこの布はよくないと思います。なぜならば、シリコンクロスは洗濯が利きにくいからなのです(もちろん洗濯してもかまわないのですが、洗濯すると毛が抜けて、何のためにシリコンクロスか分からなくなってしまいます)。このような理由から、ケースの中のシリコンクロスは、松ヤニと汗と汚れと湿気でゴワゴワになっていることがほとんどです。これではせっかく楽器を拭いても、悪影響にしかなりません。梅雨時期にはカビの発生や、楽器のトラブルの元になる可能性が大きいのです。
 また、シリコンクロスで松ヤニの付いた弦などを拭くと、その布の毛が付着してしまうという欠点もあるのです。この他にも値段が高いということも欠点といえるでしょう。

 このような意味から、私はあえてシリコンクロスを使う意味はないと考えています。それでは何を使って拭いたらよいのでしょうか?それはごく一般的な「ガーゼハンカチ」などです。そしてこれを2枚用意するのです。一枚は松ヤニ用、そしてもう一枚は汗用(アゴ当てや指板、弦、横板など)です。そして一番大切なことは、これらを最低でも一ヶ月に一回は洗濯することです。こうすることによって、余計な汚れが再付着することを防ぐだけでなく、汚れて湿った布が原因となる、「カビ」や「湿り」を防げるのです。
 これらの布を洗濯したことのない人にはピンとこないかもしれませんが、洗濯した後の布は、汗や汚れなどが取れて驚くほどに軽くなっています。逆に言えば、洗濯しないで使っている場合には、それらを楽器に擦り付けているだけでしかないのです。

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