マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:練習確認用の録音機は、どのようなものがお勧めですか?

A:私達のようにオーディオを趣味としている人間(マニア?)は「録音機(レコーダー)」や「マイクロフォン」などに大きな興味をもっているのは当然のことですが、普通のアマチュア弦楽器奏者が録音機に興味があるとは、正直なところ思ってもいませんでした。しかし、立て続けに2〜3人のごく普通の女性(私の工房のお客様)から似たような質問があったので、私もビックリしたのです。
 おそらく、最近は低価格のポータブル録音機が発売されていますので、「それを練習に活用できないものか」という興味と質問なのだと思います。

これまでの録音機
 つい最近まで、普通の人にとっての録音機といえばカセットテープレコーダーでした。カセットテープレコーダーにも様々な種類のものがあり、本格的なポータブルカセットレコーダー(例:SONYカセットデンスケD5)は、今となっても侮れない品質の録音が可能です。しかしその手の業務機器は一般の方には無縁の物で、普通は「マイク内蔵のカセットウォークマン」みたいな録音機を使っていました。しかし、このクラスのカセットレコーダーは音楽用録音機としては失格でした。
つい最近までの録音機
 カセットテープに変わり、デジタル録音機が普及してきました。マニアの間ではDATレコーダーなどがありましたが、これも一般の方にとっては無縁といっても良いです。普通は「録音機能付きMDウォークマン」みたいな物で録音していた人がほとんどでした。このMDもそこまで悪くはないのですが、こと弦楽器の録音ということに限って言えば、決して褒められた性能の録音機ではなかったのです。
練習用の録音機に求められるもの
 弦楽器の練習用録音機に求められる性能とは、「音揺れなどのピッチの不安定性が無い」、「S/N比が良い(ノイズが少ない)」ことは当然のこととして、「いかに綺麗な倍音成分が録音できるか」がポイントとなるのです。というのは、弦楽器の音程感、音色は倍音成分と密接に関わっているからです。すなわち、倍音成分がきちんと録音できないような録音機では、練習用として本当の意味では使えないわけです。
 練習録音用に求められる録音機に必要とされる性能とは、高い周波数まで無理なく録音できる性能が重要となってくるのです。もっと具体的に書くと、10KHz〜20KHzくらいまで、正確に録音できる性能を必要とします(それ以上の高倍音録音に関しては、マニアックな話題となります)。
レコーダーの録音形式
 最近のお手軽なポータブルレコーダーはMD形式、MP3形式とかWMV形式とかの高圧縮ファイル形式を使っています。録音した音声を、高度なデジタル圧縮形式によって小さなファイル容量にしているわけです。最初の質問にもあったレコーダーもMP3形式のレコーダーでした。しかし、このような音声圧縮形式の性能は、高い倍音成分をカットしたり変形したりしてしまっているので、違和感があるのです。この手のポータブルレコーダーは音楽を手軽に聴くには最高ですが、練習の録音などにはお勧めできません。
 さてそれではどのような録音形式のレコーダーがお勧めなのかといいますと、「リニアPCM形式」と呼ばれるタイプです。音声を圧縮しないので、録音ファイル容量は大きいのですが品質の高い録音が可能となります。パソコンのファイル形式で言えばWAVE形式とかBWF形式のファイルがその一例です。CDやDATの録音形式もこの仲間です。
お勧めの録音機
 2006年4月現在での、私のお薦めする練習用録音機をいくつかあげてみましょう。
低価格・お手軽クラス
Roland EDIROL R-1(マイク内蔵 実売価格3.9万円)
 CFカードに記録するタイプです。外部マイクロフォンをつなげて録音することもできますが、内蔵マイクでもなかなか実用的な録音が可能です。現時点で私がもっともお薦めできるレコーダーです。


Roland EDIROL R-09(マイク内蔵 実売価格3.7万円)
 上記R-1の下位(後継?)モデルです。おそらく性能は同レベルと考えられます。MP3形式でも録音できますが、録音は必ずWAVE形式で行ってください。この機種もお勧めのレコーダーですが、まだ発売直後のためにその性能の評価は未確認です。今後お勧めするとしたら、このレコーダーになるのでしょうか。


中・上級クラス
SONY PCM-D1(マイク内蔵 実売価格17〜19万円)
 中級クラスとはいえ、ある意味でマニアックな製品です。内蔵メモリに記録するタイプです。外部マイクロフォンをつなげて録音することもできますが、内蔵マイク録音機としては最高クラスの録音が可能となることでしょう。アナログメーターがマニア心くすぐります。価格的に実用的とは言えないかもしれません。


Roland EDIROL R-4(実売価格15万円弱)+マイクロフォン
 内蔵HDDに記録するタイプの録音機です。4ch同時録音できたり、長時間録音できるのが特徴です。録音性能は別売のマイクロフォンによっても大きく変わってきます。高度な意味での音質的には下記の2機種には劣るかもしれませんが、この録音機でなければできないような録音方法があることも確かです。


Tascam HD-P2(実売価格15万円弱)+マイクロフォン
 CFカードに記録するタイプの録音機です。本格的な業務用レコーダーです。併用するマイクロフォンによっても異なってきますが、非常に高レベルの録音が可能となります。練習録音用というよりは、演奏会本番の録音用、または自主CD作成用レコーダーといえるでしょう。


Fostex FR-2(実売価格15万円弱)+マイクロフォン
  これもCFカードに記録するタイプの録音機です。本格的な業務用レコーダーです。併用するマイクロフォンによっても異なってきますが、非常に高レベルの録音が可能となります。練習録音用というよりは、演奏会本番の録音用、または自主CD作成用レコーダーといえるでしょう。多くのハイアマチュアユーザーが使っている録音機です。

マイクロフォン
オーディオテクニカ AT822
 低価格クラスのワンポイントマイクの代表といっても良いでしょう。実売価格は2.3万円くらいでしょうか。

RODEのマイクロフォン
 価格帯としては低〜中価格クラスですが、なかなかどうして素晴らしい性能のマイクロフォンです。ワンポイントマイクのNT4(実売価格3万円)などは録音マニアの間でも評判がよいです。またステレオペアマイクロフォンNT5(2本で2.6万円)なども良いです。ちょっと大型です。

本格的マイクロフォン
 上を見出すときりがないのがマイクロフォンです。AKG、DPA、SCHOEPS、SHURE、SANKEN、EARTHWORKS・・・、ペアで数十万クラスになります。値段と性能が単純に比例するわけではありませんが、確かに値段が高いだけのことがあると納得できるのも確かな事実です。有る意味で、「録音とはマイクロフォンが全て」といっても言い過ぎではないくらいなのです(・・・少しだけ言い過ぎかもしれませんが)。
 このクラスのマイクロフォンで録音した物は空気感、音場感、周波数特性が違います。もっとも、このクラスのマイクロフォンに興味のある方は、私の説明は必要ないことでしょう。


演奏や練習を録音することの意味
 ついついオーディオマニアの話に流れてしまいましたが、話を弦楽器の方に戻します。
 自分の演奏を録音しようとすると、上記の機材のようにお金はかかりますし、第一、面倒くさいです。しかし、録音をすることで「自分自身を客観的に見つめる」ことができるのです。これはとても大事なことです。自分自身でいくら頑張っても、自分の価値観を変えることは無理なのです。そういう時に、外部から第三者の目で自分を見つめることが「壁(殻)」を打ち破るきっかけになるのです。
 今まで自分の演奏を録音したことがない方は、是非お試しください。勉強になりますよ。同様に、ビデオカメラで自分の練習光景を撮影するのも良い試みです。

余談
 私の使っている機材は下記の通りです。

マイクロフォン
 AKG C414B XLII
 Audio Technica AT4050/CM5
 Audio Technica AT825
 Earthworks M50(音響測定マイク)
 Earthworks M30(音響測定マイク)
 Behringer ECM8000(音響測定マイク)


レコーダー
 Tascam HD-P2
 Tascam DA-P1
 Echo Laptop MONA+ノートパソコン
 RME Fireface 800

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