マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:毛替えなどの修理代金に基準価格はあるのですか?

A:まず答えから先に申しますと、修理代金に基準価格はありません。少し前にある方から、「**楽器店が毛替えの業界規定価格があると言っていた」という話を聞いたことがありますが、私はそのような「業界規定価格」の事は一度も聞いたことがありません。強いていうのならば、ずいぶんと昔に日本弦楽器製作者協会が基準価格を決めようという話があがったそうなのですが、独占禁止法に触れるおそれがあるという事で、結局、具体化されなかったという事です。
 すなわち、日本においては毛替えを含んだ弦楽器の修理価格の基準、規定価格は、それが良い悪いは別として、存在しません。これが答えです。

なぜ毛替え料金はどこも大体同じなのか
 確かに、毛替え代金は大体どこの楽器店、工房でも同じくらいのことが多いです。しかし、これは毛替え料金に決まりがあるのではなく、単に各楽器店(工房)が周りの様子を見ながら価格設定をしているだけなのです。というのは、毛替え作業はもっとも多い修理であり、また演奏者にとっても最もなじみ深い修理であるからです。すなわち修理部門の「顔」とも言えるわけです。従って、各楽器店ともこの毛替え代金の価格設定には注意を払っています。
 場合によっては毛替え作業代金をかなり安めに設定して、顧客が気軽に楽器店に足を向けるようにしている営業方針の楽器店も多く見受けられます。すなわち、毛替え修理代金において利益が無くても、それによって集客能力が増えて、楽器が1本でも多く売れればそれを回収できるというわけです。これはある種の「ダンピング」ですが、他店の営業方針に私が口を出すべきではありません。しかし、あまりにも安い毛替え代金には、それにはきちんと理由があるという事を理解してください。
修理代金の決め方
 これはかなり難しい問題です。一番純粋な修理代金の価格設定方法は、私がドイツで教わった価格設定方法だと思います。すなわち、「原価+作業時給+利益+リスク+経費減価償却」です。しかし、実際には話は簡単ではありません。というのは、その楽器店が「修理部門」をどのような位置づけにしているかによって異なってくるからです。
 また修理部門の技術者の技術レベル、または外注にだしているかどうか等によっても、価格設定は異なってくるからです。
  その上に、同じ内容の修理であったとしても、楽器の状態によって作業時間が大幅に異なってきます。すなわち先に述べた理論的な価格設定方法においては修理代金は1本1本異なってくるわけです。楽器店によってはこのような価格のばらつきを嫌い、一律の修理価格に設定しているところもあります。
 従って、例えば「継ぎネック料金は***円」とは簡単に出ないのです。また、各楽器店においてその修理代金にある程度のばらつきがあったとしても、それはごく自然なことなのです。同じ「事務職」の人でも給料は様々ということと同じと考えてください(ちょっと意味は違いますか?)
外国における修理価格設定は?
 私はドイツとスイス、オーストリアくらいの事しか知りませんが、基本的に言えることは、日本よりも遙かに商工会議所の力が強いのです。マイスター制度もこの現れですし、また労働時間(休暇)、賃金がきちんと保証されているというのもこの現れです。
 このような国においては、「ある程度の修理価格一覧表」というものが出回っていたりします。私が見たものは、マイスター試験の「修理価格設定の模範解答例(商工会議所側が作ったもの)であったり、または商工会議所が基準値として作成した一覧表です。
 しかし結果的には、日本と同様に各楽器店・工房が自己の判断にて修理価格設定を行っていますから、日本の状況が世界から見て異常だということはなと思います。
 時々、電話であちこちの楽器店に「***修理は幾らかかりますか?」と尋ね、安いところを選ぶ方がいます。しかし、まず大前提となるのは、各楽器店で行われる修理レベル、修理内容は同じではないということです。すなわち、電話で修理価格だけを尋ねたとしても何の意味もないのです。
 自分の楽器を大切にしたいのならば、普段から付き合いのある「信頼できる楽器店」にてきちんと話し合って、そして修理内容を理解してから行うべきです。納得できない修理をされてしまってからでは、修理代金が安くても何の意味もありませんから。
 但し、最後にこれだけは注意してください。これまで述べてきたことは、「修理代金の安い楽器店のレベルが低い」という事を言っているのではないということです。その逆に、技術の低いアマチュアレベルの楽器店が、高レベルの技術を装って、非常に高い修理価格を提示しているという事もよくあるからです。どちらであるにせよ、修理価格設定からは技術の事は見えません。修理技術を判断するのは、普段におけるの皆さんの注意力、観察力しかないのです。

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