マイスターのQ&A

2018年7月23日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:弦を張った途端、巻線が傷みましたが、弦の不良品でしょうか?

A: よく、「通販で弦を購入して自分で弦を張ったのですが、張った途端に弦の巻線が傷んでしまいました。不良品を購入してしまったのでしょうか?」という質問を受けることがあります。ケースバイケースで、一言で答えられるほど簡単な話ではありませんので、いくつかの可能性を書いてみましょう。

 

弦の巻線の損傷の種類

 弦の巻線の損傷は、主に次の箇所にて起こります。今回の質問は"1."の事例にあたります。
1. オーバーザッテル(上枕)溝での損傷(下写真)
2. 指で押さえるポジション位置での損傷
3. 駒の溝における損傷
4. 弦が伸びることによる、弦全体においての巻線の乱れ(巻線の反り返り)

 

 

オーバーザッテル溝での巻線損傷の理由

 

もともと傷みやすい種類の弦

 弦の種類によって、巻線が傷みやすい弦が存在することは確かです。例えばヴァイオリンのエヴァピラッツィ弦などは、巻線が傷みやすいので有名なくらいです。おそらく明るい音色を出すために、弦の設計的に、または構造的に巻線を弱く撒いているとか、または巻線自体が傷みやすい構造をしているとかの、なんらかの構造的特徴があるのだと想像できます。しかし、平均してその傾向(現象)が見られるということは、弦の不良品ではなく、弦の特徴と言えるでしょう。

 

過度な調弦操作による損傷

 以前、あるとても上手な音大生が、「A弦の巻線がすぐに傷んでしまう」という事で、何度も何度も調整にいらした事があったのです。彼女は弦が不良品なのか(エヴァピラッツィでした)、または楽器の不具合を疑っていたのですが、私にはその原因が調弦によるものだという事が判っていました。音大に入り、楽器や弓もより高いグレードのものに替わり、演奏技術もそれまで以上のレベルが求められるようになりました。そのために、調弦もより神経質に行うようになっていたのです。弦の巻線の劣化は、明らかに「過度な調弦操作」が原因でした。
 しかし、「神経質な調弦を行うべきではない」とは言えません。そこで「楽器に慣れたら、この症状は緩和されるはずですよ」というアドバイスをしていたのです(もちろん可能な対策を行った上での話です)。そうすると、1~2年後には、そんなことは始めから無かったかのように、弦の劣化は少なくなりました。

 

不良品の弦

 弦の不良品が絶対に無いと言い切れません。しかし、その確率は皆さんが想像する以上に低いと思います。

 

オーバーザッテル溝の劣化

 下図は弦の断面とオーバーザッテル(上枕)の溝を少し誇張して表現したものです。
 多くの皆さんは意外に思われるかもしれませんが、理想的なオーバーザッテルの溝は弦の形にピッタリしていないのです。左の図のように、溝に弦が乗っているだけで、弦と溝との接触面積はあまり大きくはありません。
 ところが調弦操作を頻繁に繰り返しすぎると、オーバーザッテルに弦が食い込んでしまい、右の図のようになってしまうのです。こうなってしまうと、溝と弦がピッタリとくっついてしまい、弦の巻線を傷めてしまうのです。
 さらに溝が食い込んでしまうと、巻線が乱れ、その乱れた巻線がノコギリのように、溝を掘ってしまいます。悪循環になってしまうのです。

 



できるだけ自分で弦を交換しないことが大切

 我々専門家は、弦の交換作業の時に、様々な箇所もチェックしながら弦を交換します。もちろん、必要であれまその都度調整もします。だから上記の様なトラブルの予兆を発見した場合に、その進行するのを抑えることができるのです。完全に防ぐことまではできませんが、皆さんが弦を交換する作業と、我々専門家が弦を交換する作業は、「全く違う」とさえ言い切っても良いと思います。
 毎回主張することですが、通販の目先の安さだけで弦を購入して自分で交換したり、自分で判断したりして、大きなトラブルに繋がってしまっては、本末転倒と言っても良いでしょう。面倒でも、一見割高に感じても、専門家のところで弦を購入して、そして点検してもらいながら弦交換してもらってください。弦交換も調整の一環なのです。

 

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