マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:「夏駒」、「冬駒」とは何ですか?

A:これらはチェロやコントラバスにおいてよく聞く言葉です。そしてその意味は、「夏(多湿度)期用の駒」、「冬(乾燥)期用の駒」という意味で、必要に応じてそれらを使い分けるのです。

湿度と駒の高さ
 楽器は外気の影響を受けて常に収縮、変形しています。そしてその度合は、ヴァイオリンよりは相対強度の弱いチェロやコントラバスの方がより大きいのです。また、新しい健康的な楽器よりも、古くなり響板の薄くなった楽器の方がその度合は大きくなるのです。
 すなわち、一部のチェロやコントラバスにおいては、楽器本体や指板の変形によって、季節によって相対的に駒の高さが変わってしまいます。ほとんどの場合、冬には指板が上がり(駒が相対的に低くなり)、夏には指板が下がります(駒が相対的に高くなります)。
「夏駒」、「冬駒」の必要性
 夏駒や冬駒を使い分けているのは、多くの場合プロの演奏者を含め、上級者に多いです。これには訳があります。というのは、そのような方が使っている楽器は先に述べましたように古い楽器であったり、または新作楽器であっても響板の厚めの楽器ということはありません。従って、夏期と冬期では楽器の変形の度合が大きくなってしまうのです。
 また、そのような上級者は弾き易さを求めて、弦高(指板から弦までの高さ)をギリギリまで低くセッティングします。こうすると、逆に言えば、楽器の変形によって駒の高さが高くなりすぎたり、または低くなりすぎたりのトラブルが起きるのです。このために、その時の指板の高さに合った駒を立てるのです。
「夏駒」、「冬駒」のデメリット
 これらの駒を必要に応じて立て直すということは、良いことばかりではありません。デメリットもあるのです。まず挙げられるのは、駒を換えることによって、一時的にではありますが楽器に掛かる力のバランスに変化が生じてしまうということです。これは正しい技術を持って操作すれば問題ない範囲ですが、間違った知識で駒の交換を行うと深刻な問題に発展してしまう可能性が多いのです。場合によっては、魂柱の位置がずれてしまったり、または駒を立てる位置を勘違いしてしまったりすると、楽器に致命的な損傷を与えてしまう可能性さえあるのです。
 次に挙げられるデメリットは、駒の脚裏の形状です。ほとんどの方は、以前に装着されていた駒は、全く問題なく再装着できると思っているようですが。しかし、厳密には、楽器本体は常に変形していて隆起の具合も変わっているのです。従って、新しい駒を合わせた時点で以前の駒は既に合わなくなっている可能性も大きいのです。
 最後に挙げられる問題は、最も重要な事柄です。これは「駒を安易に換えてしまう」という事です。上でも述べましたように、楽器は常に変化しています。そこで「夏駒」、「冬駒」を安易に交換することに慣れてしまうと、駒の交換作業自体を甘く見てしまうのです。中には、これまでに交換してきた5〜6枚の駒を常に持ち歩き、簡単な気持ちで再装着している人さえいます。これは非常に危険です。
「夏駒」、「冬駒」は使い分けるべきか?
 基本的には、必要性がなければひとつの駒だけで年間を通して使用することが理想ではあります。しかし、楽器の状態、または「弦高のセッティングをギリギリにしたい」等の問題から、夏期と冬期であまりにも駒の高さが変わってしまう場合には、2種類の駒を使い分けること自体は問題はありません。但し、交換作業は、別な箇所の調整・点検と共に、可能な限り専門家に行ってもらうべきでしょう。こうすると、もしも前の駒の脚が合わなくなっている場合にでもきちんと気づいて処置ができますし、またずれてしまった駒の位置を再調整したりの些細な調整(これが重要なのです)ができるからです。 

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