マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:フランス駒とベルギー駒の違いは何ですか?

A:これは駒の形の違いです。写真の右側がフランス駒で、右側の二枚がベルギー駒です。なお、時々フランス駒のことをドイツ駒と呼ぶこともあります。事実、卸業者のヴァイオリン部品のカタログを見ると様々なタイプの駒があり、その中にフランス駒やドイツ駒もあります。そして以前、私がこの二種類の駒の違いについて知りたくて、異なったメーカー製のそれぞれの駒を仕入れたことがあるのですが、その形は全く同じものだったのです(材質は違いましたが)。
 私の想像の範囲ですが、昔は駒は全て手作りで作られていたと考えられます。従ってその地域によって、駒にそれぞれの特徴があったのでしょう。そしてフランス駒とドイツ駒も、若干異なっていたのだと考えられます。しかし現在は、駒は駒専門のメーカーが作っています。そして、その駒を作っているメーカーというのは意外と少ないのです。すなわち、それらの駒の製作元が同じになってしまったためにフランス駒として売られている駒と、ドイツ駒として売られている駒が結局は全く同じ形になってしまったのです。メーカーとしては、僅かな違いの駒を作るために、それ専用の生産ラインを作るわけがないからです。
 もっとも、元々それらの違いは僅かなものであったと考えられますので、その違いについて神経質になる必要はないのではないでしょうか?基本的には「フランス駒」と呼び、「場合によってはドイツ駒と呼ぶこともある」と考えておけば間違いはないと考えられます。

フランス駒とベルギー駒の形の違い
 ベルギー駒と比べて、フランス駒の特徴は脚が短く、そして肩幅が広くがっしりとしていることです。駒の基本形はこのタイプと思ってもよいでしょう。一方、ベルギー駒は脚が長く、そしてきゃしゃなデザインをしています。また写真からは見ることができませんが、その厚みもフランス駒よりも薄目なのです。
 フランス駒とベルギー駒の違いはこのデザインの違いです。または「体積の違い」と考えてもよいでしょう。これが影響してそれらの音色にも特徴が出るのです。もっとも、写真のように、同じベルギー駒の中にもがっちりしたタイプもあれば、きゃしゃなタイプもありますから、フランス駒やベルギー駒の特徴を一言で説明できるものではないのです。
価格の違い
 時々、演奏者の中にはベルギー駒の方が性能の高い駒だと思っている方がいます。これはその値段が高いからそのように思っているのかもしれません。確かに同程度の材質の駒の場合、ベルギー駒の値段の方がかなり高いのです。しかし、これは生産コストの影響でそうなったと考えられます。というのは、ベルギー駒は、フランス駒に比べると極少量しか売れないからです。また、その上に希少価値を付け加えているのかもしれません。
 この様に、ベルギー駒の方が高いからといって、それを即、性能の高い駒と勘違いすることはよくありません。それよりも、自分の楽器においてどちらの駒がより合っているかということを冷静に、そして論理的に考えるべきなのです。
楽器の特徴と駒との相性
 先に述べましたように、ベルギー駒の方が性能の高い駒と勘違いしている人のその理由は、もう一つあります。名器などのチェロに、このベルギー駒が装着されていることが多いからです。しかしこれはベルギー駒が性能が高いというわけではなく、単にそれらの楽器の物理的性質にベルギー駒が合っているからなのです。というのは、名器などの状態の良い古い楽器は、長年の修理などによって板の厚みが薄い場合が多いです。しかし一方で木材中のセルロースが結晶化することによって、薄い板の割にはとても強いのです。この様なタイプの楽器に、もしも体積の大きなフランス駒を付けた場合には、場合によっては駒のキャラクターが楽器のキャラクターを壊してしまう可能性が高くなります。すなわち、きゃしゃなベルギー駒の方が合っていることが多いのです。
 一方、新作チェロや、または一般的な古いチェロの場合には、楽器の構造(強度)的な意味から、ガッチリとしたフランス駒の方が合っている場合が多いです。きゃしゃなベルギー駒を立てると、楽器本体の振動に駒が負けてしまうからです。事実、以前に、良質な新作チェロにきゃしゃなベルギー駒が立っていたので、それを適度の厚みのフランス駒にしたところ、かなり音色と音量が改善されました。この様に、適切な駒を立てることで、音量や音色の改善が期待できるのです。
駒の厚みの影響
 フランス駒とベルギー駒の形や体積の違いによって、楽器への相性があるということが分かっていただけたと思います。しかし、話はそう単純でもありません。というのは、それらの要素に加えて、駒の厚みの要素も加わってくるからです。薄目のフランス駒は、よりベルギー駒的な特徴になりますし、またその逆に、厚めのベルギー駒はベルギー駒らしからぬ特徴となります。実際の調整においては、これらの様々な要素の組み合わせの中から最適と思われるものを理論的、経験的に選び出すのです。もちろんそれ以上に重要になるのは、駒の加工技術であることは今更述べる必要もないでしょう。

Q&Aに戻る