マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:駒の位置を勝手に動かしている人がいますが、これはやってもいいことですか?

:駒の位置をほんの僅かでも動かすことによって、音色が変わるために、駒を意図的に動かす人は少なくないようです。また音色的な目的だけではなく、弦長を変化させて弾きやすくするために、勝手に駒を動かす人も多いのです。これはチェロやヴィオラ、子供用楽器においてよく見かけます。
 さて答えから先に申しますと、駒を勝手に動かすことは、「最初に立っている駒の位置が正しい」という前提で、絶対にしてはいけないことです。というのは、駒の位置はきちんと計算された上で楽器は設計されているからなのです。

駒の位置と弦長
 「駒の位置は?」と訊かれて、「左側f孔の、内側刻みの位置」とすぐに思いつく方は、いつもメンテナンスに気を配っている方でしょう。これは正解です。しかし、更に詳しく言えば、逆に駒の位置が基準となってf孔の位置が決まっているのです。すなわち、駒の位置というのは楽器の設計上の最も重要な、そして最も基準となる位置なのです。
 楽器を設計する上で一番重要なことは、「胴体の大きさ」ではありません。それよりも重要なのは「弦長」なのです。そしてこの弦長はネック部分と胴体部分の2つから構成され、その比率はモダン・ヴァイオリン、ヴィオラの場合で2:3、モダン・チェロの場合で7:10と決まっています(技術のない人が作った楽器では、この辺りからしていい加減です)。すなわち、駒を勝手に動かすと、この比率に狂いが出るのです。これはハイポジションにおいて、演奏上の違和感を生じさせます。
駒の位置と表板の隆起
 正しい駒の位置は、表板の隆起の頂上です。この様な設計をすることによって、駒にかかる巨大な力を表板の隅々に分散することが可能になるのです。これは表板の隆起だけに限らず、バスバーの形、シュパヌング(張り)も駒の位置を基準に設計されます。
 ここで、もしも駒を勝手にずらしてしまうと、駒によって表板にかかる力は僅かではありますが、一部分に多くかかってしまうのです。これによって楽器がすぐに傷んでしまうということはありませんが、長年の間には何らかの無理な力が働くことだけは間違いありません。
駒の脚の跡
 駒の立っている部分(表板の表面)には、自然と跡が残ります。もしも駒の立てる位置をいい加減な位置にしていると、その部分に跡が残ってしまうのです。そうすると、その楽器を後に使う事になる演奏者は、どこに駒を立てて良いものか迷ってしまうのです。迷ってしまう場合には救いようがあるのですが、迷わず以前の駒の脚の跡が付いている部分が正しい位置だと思いこんでしまうことも多いのです。
駒の位置と魂柱の位置
 魂柱の位置は駒の位置を基準に立てられています。従って駒を安易な気持ちで動かしてしまうということは、魂柱を動かしているのと等しいのです。従って、音色が変わるのは当然なのです。もしも魂柱がきちんと調整されている場合、駒を動かすということは、せっかくの魂柱調整を無駄にしているということです。
 最悪の場合は、駒を魂柱よりも遠くに移動させすぎて、表板が弦の圧力に耐えきれずに凹んでしまうというトラブルも考えられます。

 このように駒の位置を勝手にいじるということは非常に危険なことですから、絶対に行わないように気を付けてください。またその逆に、現在の駒の位置が正しくなければこれと同じ状態危険性を含んでいるわけです。専門家の所で、自分の楽器の駒の位置を再確認するべきでしょう。

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