マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:ヴァイオリンの倍音成分はどのくらいまで出ていますか?(改訂版)

A:ヴァイオリンという楽器は、音の倍音成分がとても高くまで出ている楽器として知られています。好き嫌いは別として、弦の改良や演奏形態の変化に伴い、この甲高い音色の傾向は時代と共に強まっているのが現状です。そしてその倍音成分が、複雑なヴァイオリンの音色を生み出しているのです。ヴァイオリンの音色に関して、「甲高くなりすぎている風潮は良くない」とか「その音が良いのだ」とか、色々な意見があります。しかしいずれにせよ、ヴァイオリンの倍音成分が高い周波数まで出ているということ自体に関しては、皆、異存はないでしょう。
 さて、しかしヴァイオリンの倍音成分がどの程度出ているのか、意外と知られていません。実は私も、今回の実験結果で認識を新たにしたくらいなのです。というのは、1〜2世代前の実験装置では、正確に非常に高い倍音成分を測定することは困難だったからなのです。

ヴァイオリンの倍音成分
 今回の実験は、ヴァイオリンのE線(Oliv)の開放弦を弾き、その倍音成分の瞬間的なピーク値を記録してグラフ表示してみました。私はこれまでも同様の実験を行ったことが何度かありますが、その時の私の結論は「明らかな倍音成分は20KHzくらいまで」というものでした。というのは、当時の私の実験装置(他の多くの実験装置でもおそらく似たようなものだったと思います)での測定レンジが、10KHzまでだったり、または20KHzまでだったりしたからです(時代によって測定限界が違っています)。従って、測定限界付近での倍音成分の出方から、それ以上の周波数帯域での倍音成分を予測するしかなかったのです。

測定方法 : ヴァイオリンのE線の開放弦の音を弓で弾き(アップ・ボウイング)、その音を50cm位離れた位置にセッティングしたマイクで集音。リアルタイムグラフ表示。
測定装置 : ADサンプラー:echo Laptop MONA (24bit、96KHz)、FFTアナライザ:Spectra Pro+ノートパソコン、マイク:Earthworks M30。より詳しいことは技術レポートコーナーに掲載しています。
測定楽器:ヴァイオリン(高域が多少キンキンするキャラクターのヴァイオリン)+Oliv E弦。楽器は、どちらかと言えば厚めのヴァイオリンです。

注意 : 上グラフの倍音成分は、瞬間的な倍音成分のピーク値です。従って、常時このような波形の音色がしているというわけではありません。
結論
 正直言って、最新(私にとって)の機材で測定してみてびっくりしました。高倍音が、たとえこれがピーク値とは言え、ここまで高い周波数帯にまで及んでいるとは思わなかったのです。48KHzまで、明らかにノイズではなく、弦の倍音成分のピークが測定されています。今回の測定楽器は、高音が多少キンキンするタイプのヴァイオリンのため、この測定グラフがヴァイオリンの音を代表する波形であるというわけではありません。また、上記スペクトラムの波形はピーク値です。従って常にこのような周波数倍音が発せられているわけではありません。
 しかし、いずれにせよ、私はこれまでの私の倍音スペクトラムのイメージを変えざろうえませんでした。ここまで高い周波数帯域まで、はっきりとした倍音成分が発せられているとは思っていなかったからです。ヴァイオリンの複雑な音色の正体は、この数多い倍音成分によるものだったのです。もっとも注意してください。何度も言いますが、上記グラフの倍音成分はあくまでも「ピーク値」です。いつも出ているわけではありません。また低い弦の倍音の場合にはこのように高い周波数帯域まで出ているわけではありません。大まかな意味では、これまで私が考えていたように「主成分は10KHz手前で大きく減衰し、13KHzくらいに小さな一ピークが存在し、20KHz前でほぼ無くなる」と言っても間違いではないのです。
 しかし、近接集音でしかも瞬間的なピーク値であるとは言え、上記スペクトラムが現実であることも確かなのです。

 これまでオーディオマニアの間では、「CDの録音域の22KHzでは音が不自然になる」という事が以前から言われていました。私も学生時代にはオーディオに凝っていた時期がありましたから、この意見はわかります。私の考えでは、人間の聴覚は絶対的な周波数帯域には鈍感だと思うのです。従って、そのような意味では22KHzまでしか倍音が出ていなくても、それほど問題になるわけではないと思うのです。その証拠に、FMラジオやAMラジオ、SPレコードなどからも良い音色の音楽を聴くことは可能です。
 私の勝手な仮説では、倍音の形をいかに自然な形に保ったまま、録音限界点を迎えるかということが重要なのだと思います。すなわち、各倍音間の相対的な比率が、音色に大きな影響を与えると思うのです。アナログ録音の場合、録音限界点が15KHzだったとしたら、その手前から録音再生特性はダラダラと下がってしまいます。これが功を奏して、倍音の相対的な形に違和感が出ないのではないでしょうか。しかしCDのように強制的に22KHzでデジタル的に倍音をカットしてしまうと(特に高性能オーディオほどそうです)、22KHzまでだからという理由なのではなく、急激な倍音成分のカットによって、それまでに脳に記憶しているヴァイオリンの音に対して違和感が生じるのではないかと考えるのです。それは特に、上記なような非常に高い倍音構成の時に顕著に現れることでしょう。人間の感覚は絶対的なものには鈍感ですが、相対的(比較とか)なことに対しては機械以上に敏感です。これは私が常日頃から実感していることです。

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