マイスターのQ&A
ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗
Q:毎年冬になると糸巻きの調子が悪くなってしまいます。
A:これは乾燥が原因です。楽器のように数十年の自然乾燥を行った木材でさえ、それどころか古い楽器においてさえ、楽器の木材は想像以上に環境の変化を受けて伸び縮みしているものです。実際にその変化を測定してみると驚くくらいです。これは木材中に、外部環境の湿度と釣り合った水分が含まれているからなのです。すなわち逆に言えば、木材は常に環境の変化に伴って体積変化を起こしているわけです。
- 乾燥による収縮の違い
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さて、糸巻きにおいても、乾燥によって木材に変化が起きます。しかし、糸巻きを差し込んでいる穴の収縮の変化と、糸巻き自体の収縮の変化に差が出て、これがトラブルの原因となっているのです。具体的には、糸巻き穴は乾燥によって穴の直径が大きくなります。一方で糸巻は乾燥によって、軸の直径が小さくなるのです。もっとも糸巻きが黒檀製の場合には、乾燥によっての収縮は無いと考えてもよいでしょう。
いずれにせよ、空気が乾燥することによって糸巻き穴が大きくなってしまいます。こうなると、それが急激な変化の場合には、糸巻きが緩んでしまうのです。またそうでない場合にも、糸巻きが普段よりも食い込んでしまいます。
- 糸巻きのテーパが不完全の場合
- さて上記のように、乾燥によって糸巻き穴が大きくなるという事を分かっていただけたかと思います。しかし、もしも糸巻きの状態が完璧であれば、先に述べましたように糸巻きは食い込みはしますが、下図のように大きな不具合は生じないはずなのです。但し、いくら糸巻きの状態が良いといっても、不具合が全く生じないというわけではありませんので注意してください。というのは、普段の糸巻きと接触面には石鹸やチョーク、コンポジションなどが塗られていて、良好な状態を保っています。しかし乾燥によって糸巻きが平行移動してしまうと、その部分が接触面から外れてしまうからです。これによって糸巻きの調子は悪くなく事は間違いありません。しかし、この不具合は簡単な再調整によって直すことができるのです。
- 一方、もしも乾燥によって極端に糸巻きの調子が悪くなる場合には、糸巻きの軸自体が傷んでいる可能性が高くなります。特に、材質の柔らかなツゲ製の糸巻きや、または質の低い黒檀製の糸巻きの場合、長年使っているうちに、擦れている部分が磨り減って凹んでしまうのです。しかしこうなった場合でも、普段は大きな不都合は生じません。しかし、乾燥によって糸巻き穴が大きくなり、それに伴って糸巻きが食い込んだ場合(平行移動した場合)、いつも擦れている部分と違った部分が糸巻き穴に接することになるのです。こうなると、糸巻きの軸と糸巻き穴とが密着せず、すぐに緩んでしまうなどのトラブルが起きます。また最悪の場合には、片側の糸巻き穴のみに力が掛かってしまい、そこが割れてしまうトラブルが起こる可能性があるのです。これは強度的に弱い2番弦の糸巻き穴において、起きる場合が多いです。
- 対処方法
- まずはご自分の糸巻きの状態を知ることが先決です。弦を交換するときなどの機会に、糸巻きを外して、定規(不透明な金属定規などが最適です)を当てて光にかざして見てください。こうすることでご自分の糸巻きのテーパがどの程度歪んでいるかを確認できるのです。そしてもしも不均一に光が射し込んでいる場合には、糸巻きは理想的な状態ではありませんので、何らかの対処を考えなければなりません。
根本的な対処法は、糸巻きを全て交換することです(当然ですが、精度の高い加工を施さなければ交換する意味がありません)。しかし、糸巻きの穴の具合によっては、交換するために糸巻き穴を一旦木で埋めて、再び空け直さなければならないことも多いのです。この様な場合には、慎重にならなければなりません。とういのは、糸巻き穴を埋めたり空け直したりする修理は、できる限り少なくすべきだからです。いくら丁寧な修理を施すとはいえ、楽器が次第に傷んでしまうのです。従って、この様な場合には「本当に、糸巻き交換を今すべき事なのか?」という事を技術者と話し合うべきでしょう。
この様な根本的な対応策の他にも、ほんの僅かだけ糸巻きの軸を削って、そのテーパを改善させてあげる方法もあります。しかしこの方法は、軸を修正すれば(削れば)修正するほど、糸巻きは細くなってしまい食い込んでしまうのです。従って、既に短くなってしまっている糸巻きにおいては行えませんし、また修正自体も完璧には行えません。糸巻きが細くなってしまうからです。
最後の方法は、具体的な調整ではありません。それは、弦の巻き方や、糸巻きの回し方などを工夫して、乾燥期をどうにか乗り切るという方法です。もしも糸巻きの不具合が極端に悪くない場合には、私はこの方法をお勧めします。というのは、糸巻きを安易に交換することで、楽器本体を傷めてしまう可能性が高いからです。冬になって糸巻きの調子が悪くなるその理屈さえ理解できれば、この不具合に対して我慢することもできるのではないでしょうか。
もちろん、様々な要因を考えて、そして技術者と話し合って、最終的な対処法の判断を下すべきでしょう。糸巻きの再加工をしたり、または交換をすることが悪いと言っているわけではないからです。
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