少し前に、「ELPレーザーターンテーブルで再生したレコードを、2つのADコンバーターを通してデジタル化した音質に、かなりの差があった。」という記事を書きました。

 事実、私の工房にてこれら2種類の音を比較再生すると、多少オーディオに詳しい人ならば瞬時に違いを指摘できるくらいの差があるのです。

 ただ、いつも難しいのは、その「表現」が人によってまちまちなのです。これは楽器の音の表現に関しても全く同じで、「感覚と表現」の問題は常にまとわりついています。

 オーディオに詳しい人どうしならば、多少の「オーディオ表現用語」みたいな共通語があるので、会話の意思の疎通はある程度成り立ちます。しかし、それでも自分が受けた感覚を、具体的に表現するという行為はとても難しく、さらに他人と「共通価値観の上での会話」をするという行為はさらに難しいのです。

 そこで、まずは分析してみました。

  1. ADコンバーター1と、ADコンバーター2の両方を使って録音(88KHz 24bit)。
  2. サウンド編集ソフトを使って、2つのデータの音量を揃える。
  3. SpectraLayersPro6というソフトにデータ1を読み込む(レーヤー1の色を緑に設定します)。
  4. SpectraLayersPro6の新規レーヤーに、データ2を重ねて読み込む(レーヤー2の色をピンクに設定します)。

  5. レコードの特徴的な信号(傷によるノイズ等)を目印に、2つのデータの時間軸が完全に一致するように、両データを重ねます。すると、データの位置が完全に一致すると、グラフの色が白くなります。

  6. こうしてデータ1とデータ2を重ねることで、「両者の違い」のある部分だけに色が着くので、その違いを探し出しやすくなるのです。
  7. 全体的に見渡すと、基本的には大きな違い(色の着いている部分)は無いように見えます。
  8. 1.5KHz~10KHz位の高倍音の部分を大きく拡大して観察してみました。こうして見ると、高倍音部分は意外にも両者で大きな差はないように思われます。

  9. 今度は8.と同倍率のまま、視点を低周波数帯域に移動して観察しました(グラフを3D表示にしています)。

  10. どうやら、50Hz~1KHz位の低~中周波数帯域成分において、差が出ているようです。
  11. 私も、オーディオに詳しい複数のお客様も、これら2つのADコンバーターの音質の差に関して、明らかな差を感じていました。「空気感」とか「音場感」とか、「ノイズ感」とか「音色の違い」とかの表現で会話をしました。そしてそれらの差が、比較的低い周波数帯域に存在するのではないかという推論もしていましたが、それは当たっていたようです。
  12. 意外だったのは、試聴して感じた「明らかな差」が、グラフで表示すると想像以上に些細な違いでしかなかったという事実です。それはすなわち、人間の聴覚がもの凄く敏感だという事を表しています。このような敏感な人間の聴覚を、さらに複雑な弦楽器という対象に対してグラフなどで計測・考察するのは、とても難しい事なのだという実感を得ました。

 「音」って、「味」と似ている気がします。例えば料理の味の感想を述べるときも、通常は「美味しかった!」とかで十分なのですが、より具体的な会話をする場合には、「塩分」とか、「昆布の出汁味が」とか、料理の具体的な内容を知っている人は、的確な表現と会話が可能になります。ワインのソムリエも同じです。
 音に関しても、目指す方向はそいうう具体的、科学的根拠のある表現です。もちろんこれまで通りの感覚的(感情的、文芸的な)表現を否定するものではありません。それとは別の「専門的な会話」での話です。

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