「演奏」って、行為であって、物としては存在はしません。

 だから一期一会の貴重な体験です。

 しかし時間が経ってしまうと、どうしても記憶は薄れてしまいます。それでは技術向上のための資料にはならないのです。
 また、記憶から消えてしまったものは、存在さえも怪しいのです(注)。

 だから私は高性能な録音だとか、高性能なビデオ撮影で、演奏を記録することを勧めています。

 例えば1億年前の昆虫が、まるで生きているかのように琥珀に閉じ込められている、そんな感じです。特にお子さんの演奏をスマホでなんか撮影しないでください。勿体ないです。

 

 

注:先日、妻と学生時代のオケの合宿所の話題になりました。私は、「ああ、河口湖の・・・」と、話をし始めたのですが、それ以上の記憶が思い出せないのです。
 それでついには、「自分は合宿に行ったのかな?」と、その合宿参加自体を自分の頭のなかで否定し始めたのです。

 妻と会話をするまでは確実に存在していた物が、いざ記憶や証拠(写真とか)が無くなると、怪しくなってしまうのです。自分自身に起きた不思議な感覚でした。

 東日本大震災で、思い出の写真など全てを失ってしまった方が、後日ボロボロになった一枚の写真が手元にもどって涙していた報道をみたことがありましたが、同じ理由です。一つの物的証拠で、自分の記憶や生きた証が保証されるのです。

 

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