最近は通販が普及したためか、それとも不況から出費を抑えようとしているかは知りませんが、次のように言われるケースが増えています。
「今回は毛替えだけお願いします。弦はこの前自分で交換しましたので楽器の点検だけお願いします」
 もちろん、弓だけ毛替えに持ってくるよりも、楽器も一緒に持ってきて来て点検に出すことはとても重要なことです。私も一回り見回して、分かる範囲で点検します。しかし、逆のことも言えて、それ以上の事はしません。
 本当の点検とは、弦の交換などの作業時に”無意識に”行っているのです。例えば弦を外して指板をチェックしたり、弦を張り替える時にペグを回したり、チューニングをするときに無意識に音のチェックをしたり・・・。
 事実昨日には、ある楽器の弦を交換するときに、指板が想像していた以上に傷んでいたのです(弦を張っている状態で、張っている弦をずらして指板をチェックするのと、弦を外して指板をチェックするのとでは見え方が違うのです)。それで指板の調整作業に入るために弦を全て外したところ、魂柱が倒れて、魂柱の交換作業も必要なことが判明しました(魂柱が倒れたら、必ずしも交換しなければならないというわけではありません)。
 最終的に弦の交換だけでなく、指板削り、上駒調整、ペグ調整、魂柱交換、楽器の表板磨き、楽器の内部清掃などを行いました。今回の場合にはありませんでしたが、弦を全て外した時に響板の剥がれが発覚することもあります。
 このように、弦の交換作業という一見なんて事は無い作業が、点検作業につながり、それが修理・調整につながったのです。私自身も予定はしていなかったことですが、これが本当の点検作業なのです。「楽器をいじっているうちに、別の不具合に気づく」というのが本当の点検作業なのです。
 その楽器に接する時間が長ければ長いほど、または接する機会が多ければ多いほど、「本当の点検」ができます。さらに私の頭の中に、その楽器の履歴が記憶として残るのです。そしてその記憶は、次にいらしたときに比較材料として大きく役立ちます。
 お客にとっては最初は予定外の出費に頭をかかえるかもしれませんが、楽器の変化に満足していただけますし、また長い目で見たら安上がりになるはずなのです。私も意味のない出費はさせませんので。

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