私が常日頃から「弓が重要」と主張していることは皆さんご存じと思います。「弓の性能の理論」や「弓の性能によって、具体的にどのような違いが出るのか」は、私の文章(Q&Aやレポート)のあちこちで書いています。いつかそれを体系的にまとめようとも思っていますが、なかなか時間的に難しいです。いっそ、動画にてまとめようかというアイデアもあるのですが・・。いやまて・・それらは私の工房にいらしたお客様へのサービスにとどめるべきかとも思っています。手間とお金をかけて、私の工房にいらっしゃるお客様に対して、特別視(差別)することは当たり前の事だからです。
 もっとも、私の基本的な姿勢は「オープン」です。なぜなら、インターネット上で説明しても、本当に理解できる人はほとんどいませんし(結局は、皆自分の価値観の下で理解します=文章からは理解できない)、インターネット上でノウハウが漏れてしまうほどの安っぽい技術ではありませんし・・。
 話が脱線してしまいましたが、先日楽器の試奏にいらしたお客様と次のような内容の話をしました。
 その方だけに限らないのですが、性能の低い(弓竿のこしが弱い)弓を使っている人の特徴として、「弓をつぶさないように弾く技術」を日々の努力によって追求している人がほとんどなのです。これは私のレポートの「Q:弓は力を抜いて弾くべきなのですか?それとも圧力をかけて弾くべきなのですか?」にも書いていますが、例えるのなら「ふすまに寄りかかるような圧力の弾き方」を追求していると言えるのです。
 「しっかりした壁に寄りかかる圧力の弾き方」と「ふすまに寄りかかる圧力の弾き方」の根本的な違いは、「圧力の大きさ」もありますが、「圧力の連続性」の違いもあります。
 思考実験として、例えば「弓竿のこしの強い性能の高い弓」と「弓竿のこしがペコペコの性能の低い弓」の両者で”P”の音を弾いてみましょう(文章で比較実験するのは難しいのですが)。
 先にも書きましたが、「弓竿のこしがペコペコの性能の低い弓」を使って練習をしている人は、弓をつぶさないような弾き方をします。無意識に弓を浮かせて圧力のコントロールをしようとするのです。しかしこのような奏法では圧力(今は”p”の音)が一定にならないのです。弓が細かくぶれるのです。圧力が一定でなければ、弦にかかる摩擦力が途切れてしまい、音がかすれてしまいます。“コントロール”するから悪影響が生じてしまうとは、皮肉なものです。
 一旦摩擦力が途切れてしまうと、再び同じ摩擦力に戻るのは至難の業です。これは自動車が一旦スリップしたら、なかななか元に戻れないのと原理は一緒です。楽器の場合だと、音がかすれてしまうのです。すなわち、性能の低い弓で弾くと「あれ?この楽器、小さな音で弾いたときの発音が鈍いぞ」と感じてしまうのです。その逆に、こもったような(箱鳴りするような)楽器の方が良く感じてしまいがちなのです。
 
 一方、「弓竿のこしの強い性能の高い弓」の場合、”p”音の小さな圧力であったとしても、先のQ&Aレポート中で壁に寄りかかっていたように、力むことなく、弓に寄りかかる(腕の重みをかける)ことができるのです。こうすることによって、「連続した”小さな”圧力」を一定の大きさで弓にかけ続けることができます(弓がポコポコ跳ねないのです)。これはすなわち、摩擦力が途切れないということを意味しています。
 このような性能の高い弓で弾くと、同じ”p”音であっても摩擦力が途切れずに、ちゃんと「芯のある小さな音」が生まれるのです。「同じ楽器でも、弓の性能でこれほどまでに感じ方が違うのか?」と思うほど、違った音が出るのです。
 今回は”p”音だけを書きましたが、当然”f”音にも大きな違いが出ます。こちらの方は想像しやすいと思います。二者においては、絶対的な圧力差(=音量差)が生じるからです。
 弓の性能が低いと楽器を物理的に鳴らしきることが不可能です。そうすると、鳴らない楽器でも不満が出ないので「良し」としてしまう可能性もあります。しかしこのような(鳴らない)楽器を後日、性能の良い弓で演奏すると、楽器の音が潰れて(飽和して)しまっていることにそこで初めて気がつくのです(もっとも、多くの方はその時点でさえ、「弓と楽器の相性が悪いからなのだ」と、その本質を理解できていないのですが)。
 さてこのように、楽器を選ぶ上でも「弓」が重要だと言うことがわかっていただけたかと思います。実際に工房にいらした方は、ほとんどの方がその違いに驚きますよ。そのようなわけで、楽器を選ぶときにはちゃんと、「理にかなった選び方をしましょう」、「技術的な根拠がきちんとしている楽器店で購入しましょう」という話でした。

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