音楽を聴いて「感動する」とはどのような状態なのか? 自分自身に「感動を生む」要素とは何なのか?
私の結論であり、もう何度も書いていることですが、感動の本質とは「遠足のおにぎり」なのです。
すなわち、音楽側に答えがあるのでは無くて、本質は自分側の経験だとか行動だとかから生み出される虚像なのです。「虚像」と言っても、虚しい意味での虚像ではありません。自分自身がつくり出す、実像に対しての「虚像」です。
例えば、水が入っているコップを考えてみてください。これが自分自身です。そして「感動」というものが、この水がコップから飛び出る現象だとします。
それでは水をコップからどうやって飛び出すことが出来るのか? 単純に考えると、コップに外から振動(外力)を加えてあげれば良いのです。
しかし、コップに振動を与えても、その振動の具合によっては水はなかなか零れません。しかし、たまたまある振動を与えると、水が共鳴振動をして、コップから溢れ出るのです。これが「感動」であり、この振動数が「感動のツボ」です。
例えば、自分の子どもの稚拙な演奏で感動するという現象も、このコップと水との共鳴現象から説明が出来ます。
すなわち、音楽の本質は、演奏側にあるのでは無くて、聴く側にあるのです。従って、極論になってしまうかもしれませんが、素晴らしい音楽とは自分が作りだして(生み出して)いるわけです。
最高の演奏家とは、最高の音楽家とは、自分自身なのかもしれません。
だから、そのような最高の音楽を生み出して楽しむためにも、自分自身の心を素直に、美しく保つ努力が必要なのだと思います。これが、なかなか出来ないものなのですが・・。
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