私の紹介する性能の高い弓は、弓竿の腰が強い弓です。だから少ししか毛を張っていないのに、しかしとても強いのです。この感覚は、実際に弓を購入して半年以上使っていた人にしか判らないかもしれません。
弓の試奏にいらした弱い弓(ペコペコ弓)の人に、そのような説明をすると、必ず「それでは毛をたくさん張ったら、強い弓と同じ効果がえられるのでは?」って、質問されます。
ところが、弱い弓の毛をいくら多く(たくさん)張っても、強い弓にはならないのです。それはいくつかの要因があります。
1.弓の木材(特に腰の弱い弓竿の木材)の特性はバネなどの鋼材と違って、曲げエネルギーを蓄積できません。だから弱い弓の弓竿を大きく曲げたからといって、大きな剛性は得られないのです。だからペコペコなのです。
しかしその逆に、元々腰の強い木材は、毛を少ししか張っていないのに、圧力をかけるととても強いのです。
同じ理由で、「弓が弱いのは、反りが戻ってしまったから。だから反りを付け直せば改善する」という奏者、同業技術者もたくさんいます。しかし、弱い弓は反りを大きく付けても弱いのです。一方、強い弓は、反りが意外に少なくても、ちょっと毛をはっただけで強いのです。
2.弱い弓の毛をたくさん張ってしまうと、弓竿が直線的になってしまう。
弓竿の弱い弓の毛をたくさん張ってしまうと、馬毛と弓竿が平行になってしまうくらい、弓竿が真っ直ぐになってしまいます。こうなると、弓の運動の仕組みとして、弓が弦に吸い付くような力が生まれないのです。だから弓がポコポコ跳ねてしまうのです。
ヴァイオリン演奏技術の進化への最大の功績は「逆反り弓の発明」だと言い切ってもよいです。
3.毛をたくさん張ると、弓竿と毛との距離が大きくなる。
弱い弓の毛をたくさん張ると、弓竿と馬毛との距離が大きくなります。その大きな距離を、正確に真上から、さらに短時間で押すという事は、現実的にできないのです。だから、斜めにずれるように押してしまいます。だからプルプル(またはフニャフニャ)になってしまうのです。
さらに大きな距離を演奏曲の一瞬の時間の中で押すということはできません。だから無意識に、大きく張った毛を斜めにして演奏しがちです。だから弱い弓は馬毛の片側だけが切れやすくなってしまうのです。
4.上記 “3.”と同じ理由ともいえるのですが、毛をたくさん張ってしまうと弓竿と馬毛との距離が大きくなってしまいます。それはすなわち重心と作用点との距離が大きくなるということで、運動の捻れ、ブレ、ローリングなど不安定さを生んでしまいます。自動車も重心が高くなるほど、運転の(運動の)不安定さが大きくなってしまいますが、弓も原理的には同じなのです。
このように、弓竿の剛性が低い(=性能低い)弓は、物理的な限界があるのです。その科学的な仕組みを知らない演奏家、同業技術者ばかりです。
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