私の工房で弓を購入してくださったお客様から、よく、「弓の毛は、弓竿から何ミリくらいの距離(隙間)になるように張ったら良いのですか?」と質問されます。

 (本当の意味での)性能の良い弓は、「少ししか毛を張らないのに、それでも強いのです」。だから結果的に弓竿に逆反りが残っている状態で演奏し、それが弓が吸い付く方向のベクトルと、大きな圧力を生み出して(ダイナミクスに直結します)、演奏(の表現力)に大きな影響を及ぼすのです。

 そういった意味で、私は「良い弓は、あまり張らないで使ってください」と説明します。

 それでは何ミリにはったらよいのか?

 弓の毛の張り方は、弓の性能と、演奏者の技量、そして環境によって変わるので、「何ミリ」とは言い切れないのです。ちなみに、私は弓竿の測定の時に、弓竿と馬毛の内側との距離が6.5mm(注:ヴァイオリンの場合)になるように張って測定しています。この距離の大きさは、良い弓で演奏するときの、一つの目安にはなりますが、あくまでも実験用の基準値でしかありませんので、その点は注意してください。

 弓毛の張る距離(隙間)は次の要因に依ります。

1. 弓竿の性能
 弓竿の実性能が高ければ高いほど、弓毛を少ししか張らなくても、弓に大きな圧力を加えることが出来ます。一方、弓竿の剛性がペコペコの弓(嘘に思われるかも知れませんが、多くの超高級弓って、そんな性能なのです)は、弓が潰れてしまうので、無意識のうちに馬毛と弓竿が平行に近くなるようにたくさん張ってしまいます。

2. 演奏者の技量
 同じ性能の弓であっても、演奏者の技量によって、若干の張り方の差が出ます。具体的な事を言えば、技量の高い演奏者は、無意識に大きな圧力を加えて弾くことが出来ますので、同じ高性能な弓でも、ちょっと張り気味にします。逆に、まだ剛性の強い高性能な弓(重い弓という意味ではありません)に慣れていない人は、毛を少なめに張った方が良いでしょう。
  もっとも、技量の高い人とそうでない人の差と言っても、1mmとかの僅かな違いです。高性能な弓とは、それほど “意外と毛を張らない” で弾くものなのです。

3. 環境によって
 例えばホールや練習会場は、空調が効いています。だから演奏している最中に、グングンと毛が張ってくる傾向にあるのです。そういう場合、毛が張りすぎたら緩めるのが正しいのですが、演奏者の行動として、適切なタイミングで毛を緩める行為って余りしないのです。一方、毛が弱い場合には、張る行為は行いやすいものです。
 また、演奏の開始直後には、身体が温まっていない(身体がほぐれていない)ので、本来の演奏の技量を出し切れません。だから弓が不安定になりがちです。しかし時間と共に、腕の重さを弓にかけて、安定した本来の演奏が可能になる傾向にあるのです。
 だから、演奏の弾き始めには弓を消極的に張って、そして必要であれば、必要に応じた「毛を張る行為」を行うのがやりやすいのです。

 このように、弓の毛は「何ミリ張って」とは言い切れないのです。しかし、私の工房にて高性能な弓を購入してくださった方の場合、「弱めに」という事だけは頭に入れていてください。

 なお、今回の話しは、高性能な弓(高価なという意味ではありません)を使っていない方には、全く役に立ちませんので、その点はくれぐれもご注意ください。

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