先日、私の工房でカントゥーシャ作の楽器を購入してくださった数名の方とその他数名の方に、以前(1994年くらい?)NHKでハイビジョン放送されたカントゥーシャのテレビ番組を観てもらいました。
本当はカントゥーシャ氏の凄さを知ってもらいたいのと、私が働いている様子も少しだけ映っているので、その動画を公開したいところですが、著作権のことがありますのでできません。そこがじれったいところです。
さて観てもらったその動画の補足説明です。
まず、雪の山中へ良質の木材を探しに行くという、あのくだりは、完全に撮影制作側のやらせです。普段そんなことはしません(まして雪山に)。
カントゥーシャから、昔、木材業者と共にミッテンヴァルトの近くの山に入って、木材を選んだことがあるという話しは聞いたことがあるので、全くの嘘ではありませんが、通常は行いません。ヴァイオリン用の木材は、専用の木材卸業者のところから仕入れます。ミッテンヴァルトとその周辺には、そのような木材業者が数社あったので、そのような木材卸業者と親身に付き合い、良質な原木が入ったときに、選びに行くのです。
次に、カントゥーシャが横板を曲げているシーンがありますが、あの時私は背中を向けて作業していましたが、正直言って気が気ではありませんでした。というのは、この撮影に向けて、事前に様々な工程の素材を私が準備させられていたのです(結構苦労した製作過程素材だったのです)。撮影というのは、様々な工程を数日で抑えたいために、けっこうな無理を言ってくるものなのです。
通常なら、この横板を曲げる仕事も、我々弟子(ゲゼーレ)が時間をかけて丁寧に行う仕事です。ところがその時のカントゥーシャは、撮影クルーののタイミングで、「ハイ、スタート!」って感じで、横板を曲げる作業を開始したのです。もちろんカントゥーシャの作業が下手なわけがないのですが、そんなに簡単にスタートできるような作業ではないのです。
私は背中で、カントゥーシャの作業を感じながら(ジューッという音で判るのです)、「頼むから、横板を折らないでくれ。折ってしまうと、後でこちらの手間が掛かるから」と、願っていたのです。今思えば、なんてバチ当たりな弟子のことでしょうか。
補足になりますが、虎杢が深く(美しく)入っている横板ほど割れやすく、滑らかに曲げるには高度な技術を必要とするのです。カントゥーシャの使う木材は最上級の木材なので、本当に難しい作業です。事実この撮影でも、カントゥーシャがカメラの前で短時間で「ジュッ」と曲げたので、案の定横板には杢の部分に割れが入って、カクカクの曲がり具合になってしまっていました。「やっぱり、やっちまったか」という感じでした。後日、私がその部分を丁寧に、押さえたり、熱を加えたり、部分接着したり色々やりながら、どうにかこうにかまとめたのです。
この撮影を担当したドイツのシュタイナー・フィルムの撮影技術とヴァイオリン製作というものへの理解、そしてセンスは、私も横で見ていて凄いなあと感じました。私は無量塔藏六親方のもとで勉強していたときに、何度も無量塔親方のテレビ取材を横で見ていたことがありますが、全く別ものでした。
私は、帰国後にその撮影技法をずいぶん真似しているのです。だから、私が作ったヴァイオリン製作工程ビデオディスクも、ちょっとこの映像に似ていると思いませんか?
撮影は1993年頃だったでしょうか? 久しぶりに映像を見返してみて、当時の工房が鮮明に思い浮かんできました。私も若かったなあ。
追記
ついでに色々思いついたことを書いておきます。
当時は世界で日本(のNHK)だけがハイビジョン撮影を行っていた時期だったと思います。しかし日本でもまだアナログハイビジョン(今のデジタルハイビジョンとは仕組みが違います)の時代で、ハイビジョンカメラとハイビジョンレコーダーは分離型の大きな設備でした。
さらにカメラの感度が低かったため、まるで映画のような大きな撮影ライト(5kwと書かれていました)を持ち込んで撮影したため(もちろんその照明をダイレクトに当てたりとかはしません。レフ板を使ったり、ディフィーザーを使ったり、黒アルミフォイルみたいなのでハレ切りしたりして、試行錯誤しながら照明の調節をしていました)、カントゥーシャの家のブレーカーが何度も落ちたのを覚えています。
細かな作業対象を拡大して撮影する”マクロ撮影”の場合、専用の木の箱に丁寧に納められていた、直径20cmくらいの裸の凸レンズ(多分とても高価なレンズなのだと思います)をカメラのレンズの前にかざして、マクロ撮影をしていました。おそらく、使用していたレンズが超接写撮影に対応していなかったのと、レンズを微妙に傾けてティルト撮影をしていたのかもしれません。いずれにせよ、私は「ハイビジョン撮影の割に、やけに原始的な撮影方法だな」と思ったものでした。
番組の最初の方でクレーンによる工房の上からの引きの画像が映ったところで、右端に古い振り子時計が映っています。この古い時計はカントゥーシャの何かの想い出の品なのか、カントゥーシャは拘って使っていました。時々ネジを巻いてやったり、時刻を修正したりしたものです。私にとっても、結構想い出のある時計なのです。
ちなみにその時計の近くに、作りかけのヴァイオリンが置いていますが、普段はここには物は置きません。制作側が、雰囲気を整えるために、乗せたのです。
ドイツのスタッフ(全員ドイツ人だけのクルーでした)はハイビジョン撮影が初めてだったようで、色々な撮影技法を試しながら、興味深く楽しんで撮影していた雰囲気でした。階段下に設置したハイビジョンモニタ(レコーダーとセットになって大きなアルミケースに収められていました)を覗き込んで、そこに映し出される美しい映像をみて「おおっ!」と歓声というかため息を上げていたのを思い出します。私も、その後ろからモニタを覗き込んで、「これがハイビジョンか」と思ったものです(ちなみに私が一番最初にハイビジョン映像を見たのは、つくば万博の時です)。
蛇足になりますが、その前の年に正月にウィーン旅行したときに、ニューイヤーコンサートをNHKがハイビジョン撮影していました。楽友協会ホールの横にNHKの撮影車が停まっていて、ホールからたくさんのケーブルを車の中に引き込んで作業していました。
ちなみにこの撮影をした番組は、私がまだドイツに居たときに日本で放送したらしいです。それも、ハイビジョン番組のみでの放送でした(たぶん)。当時のアナログハイビジョンはまだ実験放送に近い状態だったため、ハイビジョン放送を受信できる機械を所有している人も限られていました。そのため、この放送を生で見た人はとても少ないと思います。再放送してくれないかな?
カントゥーシャの本映像が始まる前後で、女性アナウンサーと某ヴァイオリニストの会話があるのですが、そのヴァイオリニストはどう考えてもミスキャストです。カントゥーシャのことに全く興味が無いし、知識も無いし、会話もトンチンカンでしたから。
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